グローバル不動産市場で注目された「6つの潮流」の現在地【2026年中間報告】
JLLでは2025年12月、世界の不動産市場に変革をもたらす「6つの潮流」について予測を発表した。
発表当時、2026年には世界経済が回復軌道に乗ると予測され、「主要国の大半でプラス成長」、「米国発の世界的な貿易摩擦の緩和」、「インフレの抑制」、「金利の緩やかな低下」などが年初の見立てであった。しかし、当該記事の発表から半年余りが経過した2026年8月、その道のりは誰もが予想し得なかったほど険しいものとなりつつある。
当初の楽観的な予測を覆した最大の要因は、中東で勃発した「イラン軍事衝突」と、それに伴う世界の海運の最重要拠点であるホルムズ海峡の閉鎖といえるだろう。
2026年7月末現在、世界経済へ深刻な傷跡を残す前に当該紛争の終結と、海峡閉鎖の全面的再開に対する期待は淡いながらも残されている。しかし、年初の予測とは比べ物にならないほど、足もとでは経済成長が鈍化している。原油価格の高騰などを背景に、一旦は沈静化していたインフレが再加速し、金利も再び上昇に転じた。
こうした影響はあくまでも一時的なものであり、速やかに回復すると考えられている。しかし、紛争が長期化すれば、2027年初頭までに以前の水準まで経済成長率が回復するという基本シナリオは実現困難になる可能性が高い。
さらに、世界的な貿易摩擦が解消されたわけではない。単純に他の世界的な問題の陰に隠れているに過ぎず、その火種は依然として燻り続けている。世界経済を占う上で再び大きな焦点となるだろう。
そして、世界経済の根底で存在感を高めているのが人工知能(AI)である。その進化と導入スピードにおける異常なまでの進捗具合を予想することは非常に困難だ。
JLLが2026年7月に発表した生成AIに関するグローバル調査「Where AI is changing jobs and what it means for real estate」(英語版)では「AIは市場を一様に動かすのではなく、市場を細分化している」ことが明らかになった。雇用と不動産に対するAIの影響を紐解いたものであり「AIによる大量解雇」といった世間的な悲観論よりも、はるかにポジティブであることを示唆している。
2025年末に予測した「6つの潮流」が、2026年のグローバル不動産市場を読み解く上で依然として有効な視点だと、JLLは確信し続けている。変わったのは、それぞれの潮流の影響力の強さであり、顕在化する順序であり、そして一部の潮流が現実のものとなるスピード感である。
潮流1. コスト管理が最優先課題に
2026年を迎えるにあたり、コスト管理はすでに企業不動産(CRE)の担当責任者にとって最大の関心事だった。しかし、紛争に起因するエネルギー価格高騰の衝撃を受け、コスト管理は単なる優先事項から、意思決定を左右する最重要事項へと変化した。
燃料・資材・物流などの多面的なコスト上昇は、事業予算を圧迫し、内装工事費や建設費の負担増、プロジェクトの遅延を招くなど、あらゆる面で支障をきたしている。
2025年第1四半期-2026年第1四半期にかけて、内装工事費(現地通貨ベース)はロンドンとソウルで最大10%、ニューヨークで8%上昇した。世界経済の混乱が建設コストの上昇を招き、先行きの不透明感から多くの国・地域で入札価格の高騰を招いている。そのため、2026年下半期にかけてさらなるコスト上昇が見込まれている(詳細はJLLレポート「Global office fit-out costs guide 2026」(英語版)を参照)。
そして、テナント企業にとって最大の懸念事項である光熱費も、エネルギー価格の高騰と海運の混乱が厳しい事業環境に追い打ちをかけている(詳細はJLLレポート「Future of Work 2026」(英語版)を参照)。
予算の精査、オフィス床の最適化、オフィス運用効率の改善など、コスト管理を強化するための手法は特段変わらない。しかし、それらを実行すべきプレッシャーは、かつてないほど高まっている。
潮流2. 建設コスト高騰が床不足に拍車をかける
世界経済の不確実性や建設・資金調達コストの高騰により、先進国市場における数多くのアセットタイプで新規開発プロジェクトが延期・中止に追い込まれている。イラン軍事衝突に端を発する建設コストの急騰は、新規開発の採算性を著しく悪化させ、着工件数の減少を招いている。
その結果、多くの不動産市場で高品質の賃貸可能床が不足し、S・Aグレード物件とBグレード(以下)物件との“格差”が拡大しているのが現状だ。
ただし、ロンドン、ニューヨーク、東京のように、新規供給自体が極めて少なく、かつテナント需要が旺盛な一部の市場では、ハイグレード物件から滲み出たテナント需要の受け皿として、好立地のBグレード物件の多大な恩恵を受けているケースも見られる。
一方、供給不足は既存物件を改修・リノベーションのメリットを際立たせる要因となっている。工期の短縮やエンボディド・カーボン(建設時のCO2排出量)の削減といった効果に加え、新築と比較してコスト面で圧倒的に優位であるためだ。
潮流3. “エクスペリエンス”が不動産の付加価値の源泉に
不動産における“エクスペリエンス(体験価値)”は、世界経済の混乱を受けてもその重要性が落ちることはない。むしろコスト意識が高まる環境下であるがゆえに“エクスペリエンス”に求められる基準はさらに高まっている。人々がどこで暮らし、働き、時間を過ごすかという選択に根差した、不動産需要に裏打ちされた構造的なトレンドだ。もはや「あれば良いもの」という妥協的な位置づけではなく、人材の定着率や業務パフォーマンスの向上はもとより、商業施設の集客力を向上させるという実利の形で、その価値を明確に証明している。
関連記事「小売店舗の未来を形作りエクスペリエンス・ポートフォリオとは?」を読む
JLLレポート「Future of Work 2026」(英語版)では、この傾向がより顕著になっていることを示唆している。回答者の66%が「基礎的な管理機能しか持たないビルよりもAIに対応したハイテクビルを好む」とされ、さらに62%が「一等地の好立地よりもビルの質やアメニティを優先する」と回答している。
CRE担当責任者や経営層の多くは、テクノロジーと信頼性の高い不動産を生産性の核となる構成要素と見なしており、オフィスで享受できる“エクスペリエンス”が知的生産性を支える重要な要素であり続けているとの認識も示している。実際にオフィスワーカーとフロントラインワーカー(現場従事者など)の70%以上が「職場環境が自身の生産性に貢献している」と考えている。
関連記事「現場のパフォーマンスを最大化するワークプレイス戦略とは?」を読む
今後3-5年間で自社の不動産ポートフォリオを大きく変える可能性が最も高いシナリオの一つとして、多くのテナント企業が挙げているのが「ホスピタリティレベルのサービスを提供するAI対応ビル」であり、回答者の4分の3はすでに行動を開始している。特に北米ではその割合が世界平均を上回っており、当該地域の企業は費用対効果が確実に見込める状況になるのを待つのではなく、積極的に不動産“エクスペリエンス”戦略を実践していることが窺える。
潮流4. AIは実証実験からビジネスモデル変革の主役へ
JLLが2025年末に予想した「パイロット疲れ(実証実験の多さに対する疲弊感)」は確かに見られるものの、それ以上に重要な変化が起きている。自律的にタスクをこなす「AIエージェント」の登場により、ナレッジワーク(知識労働)における「生産性の向上と人員増」という従前の相関関係が崩れ始め、特にオフィスを中心とした長期的な不動産需要について疑問符が付けられている。
関連記事「JLL日本が考えるAI時代のオフィスに求められる真の価値とは?」を読む
しかし、その答えは単純に「不動産需要が減少する」というものではない。正確には一律的な「減少」ではなく「二極化」といえるだろう。
ある国・地域においてAIによる労働市場への直接的な影響は「業務の拡張」「限定的な雇用の代替」「新たな雇用の創出」という3つの要素がどのように組み合わさるかによって決定される。そして、この3要素の比率によって当該市場における産業構成や雇用構造を大きく左右する。
この前提に立ってみると、AI導入の進捗具合を見ると、JLLレポート「Future of Work 2026」における調査対象企業のうち42%が「初期の試験導入フェーズを完了」しているが、「AIを駆使した組織変革まで実行」しているのはわずか15%に留まる。多くの企業は依然としてAIへの投資から具体的なROI(投資対効果)を測定することに四苦八苦しており、導入コストへの懸念が高まっているといえるだろう。
そして、AIによる変革が進む中、不動産業界はリスクと機会が交差する複雑な局面を迎えている。事業用不動産ポートフォリオが直面する上位4つの課題のうち3つはテクノロジーに関連するもので「サイバーセキュリティとデータプライバシー(回答者の47%)」、「AIによる創造的破壊(41%)」、「AIがスペース要件に与える影響の不確実性(40%)」が挙げられる。
しかし、AIによる雇用と不動産への影響を分析したJLLのグローバルレポート「Where AI is changing jobs and what it means for real estate」(英語版)が指摘するように、AIは単独で機能しているわけではない。供給状況、不動産の質・グレード、マクロ経済の状況など、複数の要因が複雑に絡み合い、労働力と不動産双方のパフォーマンスに影響を及ぼすことを忘れてはならない。
潮流5. エネルギー安全保障が不動産運営の最重要課題に
不動産とエネルギーシステムの融合は、これまでもJLLが掲げてきた中長期的なテーマの一つであった。しかし、昨今のエネルギー危機によって当該テーマを“喫緊の課題”へと姿を変えてしまった。信頼性が高く、値頃な電力をいかに確保するか…もはや気長に考えている余裕はない、今そこにある課題へと変化したのである。
エネルギーの安定確保とコスト削減をいかに両立するか。ビルオーナーとテナント双方にとって最優先事項の一つとなっている。事実JLLレポート「Future of Work 2026」によれば、経営層が挙げる5つの最優先事項の一つに「エネルギーコスト上昇と電力網の制約を緩和するためのエネルギー効率化」が含まれている。
データセンター、ハイテク産業、EV充電などに起因する電力需要の増加と負荷の集中は、より緩やかで安定した需要を前提に設計された既存の電力網に多大な負担をかけ、経済成長を阻害する深刻な制約と認識されるようになった。
そして、電力系統への接続に要する時間の長期化や送電網の混雑、そして経済の先行き不透明感により、電力へのアクセスそのものがプロジェクトの成否を分ける「関門」となりつつある。
こうした変化は、すでに投資家の動きにも表れている。2025年におけるエネルギー移行に伴う世界投資額は過去最高の2.3兆米ドルに達し、2020年の2倍以上に増加した。
新電力の大半をグリッドスケール(大規模)のクリーンエネルギーが占めるようになったが、整備状況には地域差があり、新たな電力供給地と電力需要が急増している地域との間でミスマッチが生じている。こうした制約を補完するための手段として、オンサイト(敷地内)発電が注目されている。屋上設置型の太陽光発電システムから敷地内蓄電池まで、商業施設における分散型エネルギー資源(DER)は、わずか5年(2020-2025年)の間に5倍へと拡大した(詳細はJLLレポート「Where energy meets property」(英語版)を参照)。
潮流6. 「投資の民主化」が構造的なトレンドに
過去数十年にわたり、事業用不動産への投資は機関投資家をはじめ、不動産デベロッパー、ファミリーオフィス、富裕層など限られた層の独壇場だった。難易度の高い資金調達環境、専門性が求められる運営ノウハウなど、市場への参入障壁が非常に高く、経験豊富で潤沢な資金を持つ一部の投資家にしか足を踏み入れることができなかった市場である。
しかし、規制緩和や新技術の登場、個人資産の増加、なにより不動産投資に関する知識の普及によって、個人投資家が事業用不動産市場へ参入する道を切り拓くことになった。
これまで生じてきた地政学的要因や景気循環の波も、この構造的なトレンドを変えるには至らなかった。この潮流を動かす力は、数カ月単位ではなく、数年単位という長い時間軸で展開されるものだ。
しかし、不動産投資市場の透明性が継続的に改善され、安定性が高まったことで、2026年上半期の不動産投資市場は再活性化を果たした。ビッド・アスク・スプレッド(売買価格差)の安定化は価格の透明性が向上したことを示唆している。
そして、不動産投資が持つ本来の魅力に投資家が再び注目するにつれ、入札に参加する投資家層も厚みを増している。JLLグローバルレポート「Global Commercial Real Estate Intensity」(英語版)によると、金融機関が融資条件を競い合い、LTVを引き上げてでも案件を獲得しようとする、極めて競争の激しい融資環境が形成されている。これは、経験豊富な投資家と新規参入者の双方にとって様々な投資機会を提供することになる。
関連記事「2026年はどうなる?日本不動産投資市場の展望」を読む
まとめ
JLLグローバルが2025年12月に公表した“6つの潮流”は何ら変わることがなく。不動産市場に“事実”として定着している。しかし、年初からの半年あまりを経て、いくつかの潮流は我々の想像をはるかに超えて緊急性を増していることが明らかになった。
こうした変化を受けて投資家とテナント企業は今後どのように動くべきか?それぞれに必要となる“視点”を挙げてみた。
投資家に必要な視点
綿密な市場モニタリングと、セクターや市場ごとの微妙な構造・仕組みといった「ダイナミクス」に対する理解が、新たな機会を捉える鍵となる。経済の先行き不透明感などを理由に傍観を決め込むことは、絶好の投資機会を逃す可能性が高くなる。事業環境が変化し続ける中、それに合わせて投資戦略を調整し、資産パフォーマンスを牽引するであろうインカムグロース(賃料収入の成長)に、より一層の焦点を当てるべきだろう。
テナント企業に必要な視点
「創造的破壊(ディスラプション)」はもはや一時的な出来事ではなく、日常の現実といえる。労働力やエネルギー安全保障、サプライチェーン、経済状況に与えるAIの影響を正確に予測することが困難な今、シナリオプランニングは組織戦略そのものに組み込まれるべき実践的なものでなければ意味がない。事業目標を達成できるのは、レジリエント(強靭)でアジャイル(俊敏)な事業モデルを構築できた一部の企業に絞られそうだ。
参考: 2026年にファンダメンタルズの改善が見込まれる主要市場(セクター別)
出所:JLLリサーチ 2026 ※「ファンダメンタルズの改善」とは「テナント需要の増加」「新規供給の安定」「空室率の低下」「賃料上昇」を指す。なお、表内の「PBSA」は「学生寮(Purpose-Built Student Accommodation)」、「MH」は「プレハブ住宅(Manufactured Housing)」、「C-L」は「コリビング(Co-living)」とした。また、本資料はセクター全体を俯瞰した見通しであり、市場動向は極めて複雑かつ多様であるため、サブマーケットやサブセクターレベルでは状況が異なる。特定の地域に関する見通しは、今後の状況変化に伴い変更される可能性がある
グローバルな不動産トレンドはJLLへお問い合わせください
JLLでは、世界80カ国で事業展開しているグローバルネットワークと世界市場で培った豊富な知見・ノウハウを生かし、世界の不動産トレンドなどを積極的に情報発信しています。また、オーストラリアや米国など、JLLでは世界の主要都市への不動産投資を支援しています。ご興味のある方は下記をご覧ください。
※本稿は、JLLグローバルが発表した「Global real estate outlook mid-year update」を元に作成しました。一部AIを活用のうえ翻訳・加筆しています。公式な情報が必要な場合、英語の原文をご確認ください。