AI時代のオフィスに求められる真の価値とは? - 事業成長を牽引する人材育成の場へ
著者
溝上 裕二
大久保 寛
東日本大震災発生後に急速に広がったオフィスのBCP対策、コロナ禍によって定着したハイブリッドワークへの対応など、企業のワークプレイス戦略は社会環境や価値観の変化に直面するたびに大きな変革を迫られてきた。そして現在、この変革の波は、現在進行形でオフィスワーカーの働き方に多大な影響を及ぼしている「生成AI」によってもたらされている。
「AI時代」のとば口に立つ現在…そして生成AIのさらなる普及が高確率で予測される近い将来、多くの企業には「オフィスは何のために存在するのか?」という根源的な問いが投げかけられているともいえるだろう。
本稿では、国内外問わず数多くの企業のワークプレイス戦略を支援してきたJLL日本 プロジェクト・開発マネジメント事業部 シニアディレクター / 東京都市大学 大学院情報データ科学研究科 教授を務める溝上 裕二と、国内オフィス市場を長年調査し続けているJLL日本 リサーチ事業部長の大久保 寛の見解をもとに、「AI時代に求められるオフィスの新たな役割と価値」の再定義を試みた。
AIがもたらす社会的な構造変化:人間の役割はどう変わるのか?
溝上は「AIによる変化は、すでに業務効率化程度に留まらない。AIが人間の仕事を『補助する』時代から『代替する』時代へと突入している」と指摘する。
その根拠になっているのが某グローバルIT企業におけるプログラミング開発の状況だ。当該企業におけるプログラミング開発の割合が2024年では全社業務比の25%だったが、わずか1年半で75%…実に3倍にまで急拡大しており、AIが「業務を主導する」時代の到来を示している。
そして、今後はAIがAIを生み出す技術革新のスーパーサイクルの到来が予測される中、これまでの技術革新が人間の身体や情報処理能力を拡張するものだったのに対し、2025年以降は知能そのものが増幅・外部化されるという、人間の本質に関わる進化の時代が訪れるだろう。
AI時代だからこそ「人間にしかできないこと」の価値が飛躍的に高まる
こうした現況を受けて、多くのメディアでは「AIが人間から仕事を奪う」と声高に警鐘を鳴らしている(煽っているような記事も少なくないが…)が、溝上は「こうした状況下にこそ、『人間にしかできないこと』の価値が飛躍的に高まる」と予想する。
再現性が高く、正解のある業務はAIが得意とするが、人間には「新たな問いを立てる」、「共感する」、「意味を創る」、「信頼を築く」、「覚悟を持って意思決定する」、「未来を構想する」といった、より本質的な役割が求められるようになるだろう。
そして、大久保は「最も大切にすべきは『不便を解消したい』、『もっと良くしたい』というイノベーションの源泉となる『感受性』や、自分が何を感じ、何を大切にしているかという人間的な感覚ではないか」と問いかける。
AIにはできない「人の本質的な力」とは?
再定義されるオフィスの価値:「人と組織の進化を促す装置」へ
仮にAIが得意とする業務を人間から代替えできるのであれば、単なる「働くためだけの場」であった旧来型オフィスの存在価値は著しく低下するかもしれない。しかし、JLLはオフィスが持つ「本質的な場の力」…特に「なぜオフィスには人が集まってくるのか?」といった素朴な疑問にこそ、その答えがあると認識している。
なぜ、人はオフィスに集まるのだろうか?
溝上は「その答えはオフィスが持つ『人と人の関係性を変化させる力』にある」と指摘する。つまり、オフィスは単なる「作業の場」ではなく、企業文化や一体感を醸成し、これらを社員が五感で感じることで信頼感や共感を生む、ある種の『メディア』としての役割にこそ、その強みが発揮される」との見解だ。
JLL東京オフィスが示す「価値創造のハブ」という姿
AI時代の新たなオフィスのあり方への適合を目指すのが、JLLの東京オフィスといえるだろう。JLL東京オフィスは「Future of Work(未来の働き方)の実証実験の場」と定義し、「One JLL」という、事業部の壁を越えて顧客に最高のサービスを創出するゴールを掲げている。
溝上は「こうした戦略やストーリーを全社員で共有し、ハード(設備)とソフト(運用・意識改革)を両輪で回すことこそが重要」との認識を示す。JLLでは毎週金曜日のビール飲み放題イベントといったユニークな運用施策や、社員の声を匿名で収集する満足度調査(POE)を継続的に実施。その結果、「オフィスデザインが自慢できる」「他部署とのコミュニケーションが増えた」といった声が挙がり、「対面の会議」や「雑談の増加」がイノベーション創出に寄与していると8割以上の社員が回答するなど、オフィスが組織を繋ぎ、エンゲージメントを高める効果が実証されている。
こうした「出社したくなるオフィス」が偶発的なコミュニケーションを育み、新たな事業アイデアやイノベーションを創発する。AIでは代替できない「人間にしかできない業務」を行う場として機能するようになりつつあるのだ。
「変化し続けるオフィス」が人と組織を成長させる
一方、大久保は「人間は『飽きる動物』であり、その『飽きる』ということこそが新しいものを生み出す原動力となる」と指摘する。しかし、多くのオフィスは一度作ると何年も変わらない「つくりっぱなし」の状態に陥りがちだ。そのため、大久保は「これからのオフィスには、常に新しい発見や体験を提供し、利用者の『飽き』に敏感に反応できる『変わり続けるオフィス』であり続けることが不可欠」だという。
それは、固定的な空間ではなく、多様な活動を許容する、より柔軟な「場」の集合体となっていくのではないだろうか。そして「人間にしかできない」創造性が求められる業務(活動)を強力に支援する役割が今後のオフィスに課せられるだろう。
これからのオフィスに求められる役割(機能)
- デジタルデトックスの場
- アナログ活動、アナログコラボの場
- AIに頼らない、自ら考える場
- チームのための部室
- 再教育の場
- AIとのコラボの場
- コミュニティの場
- イベントの場
- 五感の活用・休める場
- 人間性を取り戻せる場 など
人は環境の変化に適応し、進化を遂げてきた動物だ。オフィスが変わることは、そこで働く人々の進化を促すことに繋がる。
大久保は「人は『変わる(成長する)』ことに喜び」を感じる。変化するオフィスこそ、多くの刺激が得られ、人が成長していける場になる」という。これからのオフィスが提供すべき本質的な価値だといえそうだ。
オフィスに求められる「体験価値」
溝上、大久保の見解を踏まえると、AI時代におけるオフィスの価値は、もはや坪数や作業効率といった従来の物差しでは測れなくなっているのではないだろうか。
「どれだけ対話が生まれたか、どれだけ学習が起きたか、どれだけ創造性が高まったか、どれだけ面白い社内文化が醸成されたのか…こうした目に見えにくい価値を創出することにどれほど貢献しているか。こうした評価軸にオフィスの価値が移行するだろう」(溝上)
オフィスの価値は「体験価値」へ移行
3-5年程度の経営計画を達成するために必要な人材をいかに確保するべきか。人口減少が進む日本において優秀な人材を採用するのは容易ではなく、自前で育てる必要がある。そこで働く人々はこれからの時代に活かせるスキルやマインドセットを身に付けなくてはならない。そうした点を踏まえると、今後のオフィスとは「教育の場(いい意味での訓練所)」)がひとつの解答になるのかもしれない。
溝上は「経営計画を実行できる人材と組織文化を育む『進化を促す装置』へとオフィスの重心が移動するのではないだろうか。世代別にみると、知識やノウハウの蓄積に裏付けられた作業の効率化に重心が置かれていた「(仕事をする場として)ワークプレイス」が第一世代だとすると、第二世代は「共創して新しい付加価値を生み出すコラボレーションスペース」、第三世代は「人間や組織のポテンシャルを最大化するヒューマン・ポテンシャル・プレイス」へと進化を遂げそうだ。
では、こうした人間や組織のポテンシャルを最大化するオフィスを創るためには何が必要なのか?溝上は「オフィスの価値を維持するための視点」として次の4つのポイントを挙げる。これらはAI時代に適合した最先端オフィスを作る上で必要不可欠な「方程式」とはいえないが、価値のあるオフィスを作り出すための普遍的な要素である。
1. 多角的な検討を同時進行
2. 立ち止まらない
3. 組織内を有機的に連動させる企業文化醸成のしくみ
4. 変化を読み取り、俊敏に対応できるしくみ
AIという不可逆的な存在を前にして、ただ立ち尽くすばかりでは時代の潮流に乗り遅れることは間違いない。「人間固有の価値を最大化」を目指し、各企業にとって最適かつ独自のワークプレイス戦略こそ、人と組織の成長を促し、未来を勝ち抜くための第一歩となりそうだ。