小売店舗の未来を形作る「エクスペリエンス・ポートフォリオ」とは?
不動産ありきの出店戦略から体験重視へ
これまで小売企業は不動産ありきの出店戦略に重点を置いてきた。つまり、多くのブランドが「どの都市(エリア)に路面店を構えるべきか、それともどのショッピングモールに出店すべきか」といった不動産の観点から検討を始めるのが一般的であった。
しかし、記憶に残るような優れた体験や、個別最適化された相互作用するインタラクティブな店舗空間といった、消費者が実店舗に求めるニーズが高度化する中で、こうした不動産主体の考え方だけでは消費者ニーズの変化に追いつくことができない。重要なのは、店舗の規模や立地だけではない。その店舗空間が魅力的なストーリーの語り部となりえるか。そして、最高の顧客体験を提供する演出家でありえるかが問われている。
このため、先進的な小売企業は出店戦略において、不動産の選定と同時並行で「エクスペリエンス(体験)施策」に注力しており、それが事業成長とブランド価値の向上につながることを深く理解している。エクスペリエンス施策によって多様な消費者の好みに応える様々なタッチポイント(接点)を創出し、一貫性のある魅力的な買物体験を提供している。
JLLグローバルでは、こうしたアプローチを「エクスペリエンス・ポートフォリオ」と呼んでいる。不動産主導の従来型の意思決定に、消費者のニーズや欲求という極めて重要な要素を付け加える出店戦略といえる。このアプローチを採用する小売企業は多様な不動産と連動し、顧客の日常生活に溶け込むための多彩な方法論…すなわち「エクスペリエンス・ポートフォリオ」を体現している。
グローバル企業に学ぶ体験価値向上の効果
「エクスペリエンス・ポートフォリオ」の実践者として代表的なグローバル企業が玩具メーカーのレゴといえるだろう。2022年の売上高が前年比12%増を記録したが、出店戦略における革新性がその原動力となったと見ている。
近年、レゴが実践した体験価値の向上施策として有名なのが「ロンドン自然史博物館」における取り組みだ。期間限定のポップアップストアでは博物館の展示テーマに合致した商品を販売した他、参加型のチャレンジ企画を毎週開催。無料の教育プログラムも提供する。
同じくロンドンでは、ファッションウィークにあわせて、コミュニケーションアプリのスナップチャットのコードが書かれた台座だけ設置した「空っぽ」のポップアップストアを開設。このコードが、同社のストリートウェアを発表するAR(拡張現実)ブティックへの入口となるという仕掛けづくりを行った。
また、ニューヨークでは2階建ての没入型旗艦店を開設し、88万個のレゴブロックで作られた「Tree of Discovery(発見の木)」を探検するといった体験ができる。さらに店舗全体で「フィジタル(フィジカルとデジタルの融合)」の概念も取り入れている。
ブランドを様々な形で表現する「エクスペリエンス・ポートフォリオ」を構築することこそが、小売企業にとっての未来を照らす“光”となるのではないだろうか。筆者は「進化する消費者ニーズに柔軟に対応することができ、ひいてはブランドが生き残り、成功するために目指すべき道」だと考えている。
コミュニケーションの重要性
一方、消費者ニーズに対応するために店舗形態を多様化させるほど、小売企業は店舗のコンセプトや活用方法を明確なメッセージで顧客に伝える必要がある。仮に、そのメッセージが分かりにくいものであれば、混乱を招く可能性が高い。例えば、店内で食事ができると認識し自動車で向かったものの、実はドライブスルー専用の店舗だったというような事態である。
こうした事態を回避するため、小売企業はコミュニケーション戦略に注力すべきであり、すべてのフォーマットで一貫したブランド体験を保証するための「統一チャネル思考」を取り入れる必要がある。これには、フォーマット間の違いを明確に示すビジュアルコミュニケーションのシステムを開発し、顧客の混乱をなくし、カスタマージャーニーを円滑にすることなどが含まれる。
また、各フォーマットが提供する価値提案や体験を効果的に伝えるターゲットメッセージを発信し、「何が期待できるのか」を消費者が明確に理解できるようにすることも不可欠だ。
今後の展望
「エクスペリエンス・ポートフォリオ」の考え方を取り入れることは、現在の経済環境において特に重要だ。物価高により購買意欲に慎重さが目立つなか、ブランドは競合他社との差別化を図る必要がある。消費者のニーズが変化した際に適応できるだけの柔軟性と革新性を持ち続けることが、それを達成するための一つの方法となるだろう。
これは、消費者のいる場所でニーズを満たすという単純な話ではない。重要なのは「選択肢」だ。小売企業にとっての成功は「顧客が日々どのようにブランドを体験したいか」を自らコントロールできるような選択肢を提供できた時に訪れるだろう。
これから始めるにあたり、小売企業が自問すべき最も重要な問いは次のようなものになるのではないだろうか。
「私はどのような顧客体験を提供する必要があるのか?そして、マーケティングミックスの重要な要素である不動産は、その体験をどのように実現できるのか?」