「コーヒーバッジング」とは?
ここ最近の報道などで頻繁に目にするようになった「コーヒーバッジング」とはどのような現象なのだろうか?米国など海外でコーヒーバッジングが生まれた背景や、コーヒーバッジングを行う社員の心理を解説する。
海外ではコーヒーバッジングが社会問題に
コーヒーバッジングとは、社員が「オフィスに出社した」という記録を残すためだけにIDカードリーダーにバッジをかざし、コーヒーを1杯飲む程度の短時間で即時退社し、カフェや自宅などの“オフィス外”で仕事をする行為を指す。
この現象は、コロナ禍でリモートワークを導入した企業が、再び社員にオフィス出社を要請する「出社回帰」を進める米国で特に顕著に見られるようになった。
なお、特定の対象に非難が集中する「バッシング(bashing)」と混同した「コーヒーバッシング」という表記も見かけるが、社員証をかざす意の「バッジング(Badging)」が正しい表記である。
なぜ「出社したふり」をするのか?行動の裏にあるインサイト
社員がコーヒーバッジングという一見非合理な行動を取る背景には、企業の方針と個人の価値観の間に生じた重大なギャップが存在する。
もっとも大きな要因としては「オフィスに出社する目的や価値」を社員が見いだせていないことが挙げられる。リモートワークで十分に成果を出せると証明された(あるいは社員がそう思い込んでいる)業務に対し「なぜ、わざわざ通勤時間とコストをかけて出社しなければならないのか?」という疑問を抱くのはある意味当然ともいえる。
また、出社日数や在社時間の長さといった形式的な指標で評価される人事制度に対する不満も大きい。そもそも成果ではなくプロセスが重視される米国のような労働観のもとでは「形式的に出社さえすればよい」という思考につながりやすい。また、コーヒーバッジングにはコロナ禍で一度手にした働き方の自律性を一方的に奪われたことへの意趣返しの意味合いも含まれている。
社員のこうした態度は、企業へのエンゲージメントが低下し、契約以上の貢献はしない「静かな退職」にも通じる問題である。静かな退職が業務意欲における消極的な抵抗であるのに対し、コーヒーバッジングは出社という物理的な行動での抵抗といえ、いずれも社員が組織に送る危険信号と捉えるべきだろう。
日本でコーヒーバッジングは起こりうるのか?
現時点で海外ほど顕在化してはいないものの、日本でもコーヒーバッジングは十分に起こりうる問題である。日本でも欧米と同様にコロナ禍を経てリモートワークが普及し、その後に出社回帰の方針を打ち出す企業が増加しているからだ。
日本企業には、成果だけでなく「オフィスにいること」自体を重視する風土や同調圧力が根強く残っている場合も少なくない。このような環境は、中身を伴わない形式的な出社を促しやすく、出社後すぐに帰宅こそしないものの、コーヒーバッジングと同様の弊害が起きやすいといえる。
リモートワークの効率性を経験した社員が、目的の曖昧な出社に疑問を感じる可能性も十分にあり得る。コーヒーバッジングは対岸の火事ではなく、すべての日本企業が自社の問題として捉え、対策を検討すべき課題といえるだろう。
企業側が出社回帰を目指す一方、社員側は会社の方針に対する「静かな抵抗」としてコーヒーバッジングを行っている
コーヒーバッジングが企業にもたらす影響
コーヒーバッジングは単なる社員の勤怠問題ではなく、生産性の低下からコスト判断の誤りまで、放置すれば企業経営を揺るがしかねない深刻な影響を多方面にもたらす可能性をはらんでいる。
生産性やパフォーマンスの低下
コーヒーバッジングがもたらす最も直接的な影響は、組織全体の生産性の低下である。対象となる社員本人の業務が滞るだけでなく、オフィスでの共同作業やスピーディな相談ができなくなるため、連携する他の社員やチーム全体の業務に遅延が生じる。さらにオフィスならではの偶発的な会話や何気ない意見交換から生まれるイノベーションの機会も失われるなど、組織全体のパフォーマンスを徐々に低下させてしまう。
企業文化やモチベーションへの悪影響
コーヒーバッジングの横行は、健全な企業文化を破壊し、社員のモチベーションを著しく低下させる恐れがある。フルタイム出社で業務に取り組む社員にとって、コーヒーバッジングを行う社員の存在は勤労意欲を削ぎ、組織全体の士気を低下させる。結果として、社員と会社、あるいは社員同士の信頼関係が損なわれ「会社には最小限の貢献しかしなくてよい」というエンゲージメントが低下する状態が定着する危険性がある。
コスト判断の見誤り
コーヒーバッジングは、重要な経営判断のミスをもたらしかねない。
企業は社員がオフィスで働くことを前提に、賃料や光熱費・設備費などのオフィス関連コストを負担している。しかし、コーヒーバッジングを行う社員が多い職場では、記録上は出社しているため、出社率のデータだけを見るとオフィスは有効活用されているように見えてしまう。実態と乖離した「見せかけのデータ」によって経営層が「現在のオフィス規模は適正だ」と判断すれば、コスト削減の機会を逃し、大きな損失となる。
また、社員は現在の出社方針に不満を持っていないと誤った判断をすることで、フレキシブルな働き方の導入検討が進まないのも弊害の1つといえるだろう。
人材の流出
コーヒーバッジングを行う社員と、フルタイムで出社している社員の格差が放置されたまま、エンゲージメントが低下した状態の職場環境は優秀な人材の離職リスクも高めてしまう。
成長意欲が高く自身の貢献が正当に評価されることを望む社員ほど、不誠実な行為が許容される組織文化に失望し、早期に見切りをつけるだろう。
結果として、組織の将来を担うべきパフォーマンスの高い人材から流出していき、企業全体の競争力が低下するという取り返しのつかない事態に陥りかねない。
コーヒーバッジングを未然に防ぐ「新しい働き方」
コーヒーバッジングを行う社員の話をよく聞くと、単に怠けているとは限らず、働き方に疑問を持っていることがほとんどだ。であれば、その不満を解決できる働き方の改善は非常に本質的なアプローチといえる。
ハイブリッドワーク
ハイブリッドワークは、オフィス出社とリモートワークを組み合わせた柔軟な働き方である。
ハイブリッドワークの導入で不可欠なのは、出社の目的を明確に定義することだ。例えば「共同作業やチームビルディングの日は出社」、「個人での集中作業はリモート」など目的と場所を連動させることで、社員は出社の価値を納得でき、形式的な出社ではなく目的を持った主体的な出社へと意識が変わる。
ABW
ABW(Activity Based Working)は、仕事内容に合わせて、最も生産性が高まる場所を社員が自律的に選ぶ働き方である。
オフィスは単一の作業場所ではなく「集中」、「ウェブ会議」、「協業」、「リラックス」など、多様な活動に対応する複数のエリアで構成される。社員はオフィスに来る目的を自ら設定し最適な場所を選択することで、「なんとなく出社する」状態を防ぎ、オフィスの価値を最大化することができる。
フレックスタイム
フレックスタイム制度は、社員が始業・終業時刻を自主的に決定できる制度である。
社員は通勤ラッシュを避けたり、プライベートの都合に合わせたりと、自律的に時間を管理できる。これは企業が社員を「時間」ではなく「成果」で評価するという明確なメッセージとなり、在社時間で評価されるという不満の解消につながる。
コーヒーバッジングを引き起こす「働き方への不満」を解消することが本質的なアプローチである
「行かなければいけない場所」から「出社したくなるオフィス」へ
新しい働き方を支えるには、制度の改革だけでなく物理的なオフィス環境の変革も不可欠である。社員の出社動機を、義務から自発的な選択へと転換させるには、オフィスそのものが「そこでしか得られない価値」を提供する必要がある。ここでは、社員が自然と「行きたい」と思えるような、魅力的なオフィスを構成する設備やシステムのヒントを紹介する。
マグネットスペース
マグネットスペースとは、その名の通り、磁石のように社員が自然と引き寄せられ、集まる場所のことである。具体的には、質の高いコーヒーが楽しめるカフェスペースやゆったりと会話ができるコミュニケーションラウンジなどが挙げられる。
こうした空間は、部門や役職を超えた偶発的なコミュニケーションを誘発し、新たなアイデアやイノベーションを生む。
休憩スペース・リフレッシュルーム
休憩スペースやリフレッシュルームは、社員の心身の健康、すなわちウェルビーイングを支える上で極めて重要な役割を担う。単なる休憩場所ではなく、集中と緩和のサイクルを生み出す戦略的な空間と捉えるべきだ。
例えば、短時間の仮眠を取れるナップスペースや、気分転換ができる植物を多く配置したゾーン、マッサージルームなどを設けることで、社員は生産性を高く維持できる。こうした設備は、社員満足度を高め「この会社で働き続けたい」というエンゲージメントの醸成にも直結する。
フリーアドレス
フリーアドレスは、固定席を設けず、社員が業務内容や気分に応じて自由に働く席を選ぶワークスタイルである。ハイブリッドワークの導入でコーヒーバッジングが必要なくなれば、フリーアドレス化することでオフィス面積を最適化し、コスト削減も可能になる。
DX
オフィスにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)は、社員のオフィス体験を向上させる上で欠かせない。例えば、スマートフォンアプリで会議室の予約や空調調整が完結するシステム、誰がどこにいるか一目で分かる在席管理ツール、来客対応をスムーズにする無人受付システムなどが挙げられる。
これらのテクノロジーは業務上の細かなストレスを解消し、社員が本来のコア業務に集中できる環境を構築する。快適で効率的なオフィス体験そのものが、出社のインセンティブとなる。
コーヒーバッジング対策の注意点と成功するコツ
日本では比較的起こりにくいと考えられているコーヒーバッジングだが、社会情勢や価値観の変化などにより、いつ、どの企業で起きても不思議ではない。慌てて方向性を誤った対策を取り事態を悪化させてしまわないよう、以下のような点に注意しよう。
管理の強化だけでは逆効果
コーヒーバッジングに対し、PCのログのチェックや入退室管理の強化など、安易に監視を強化するだけの対策は逆効果となりかねない。これらは企業が社員を信頼していないというメッセージとなり、エンゲージメントを著しく損なう恐れがある。
本質的な対策として、根本の原因である「出社の価値の欠如」はどこから来ているのかを見極め、その解決を優先すべきである。
目標は出社率向上ではない
対策を検討する際、ゴールを「出社率の向上」に設定するのは本末転倒といえる。本来の目的は事業の成長や組織全体の生産性向上であり、出社はあくまでもその目的を達成するための手段の一つに過ぎない。
目標は「プロジェクト完了率の向上」や「部門横断による新規アイデア創出数」、「社員エンゲージメントスコアの改善」といった指標に設定すべきである。その上で、これらの目標達成のために「どのような場面で出社が有効か」を定義し、働き方を設計することが正しいアプローチとなる。
社員の声に耳を傾けた対策を
効果的な対策を講じるには、経営層がトップダウンで方針を決定するのではなく、現場の社員の声を真摯に聞くことが不可欠である。
なぜ、出社に価値を感じないのか、オフィスに何を求めているのかといった社員の本音を、アンケートやワークショップを通じて引き出す必要がある。社員を管理対象としてではなく、より良い職場環境を共創するパートナーとして巻き込むことで、納得感のある実効性の高い施策が生まれるだろう。
コーヒーバッジングを未然に防ぐ、オフィス構築の成功事例
リモートワークと出社をバランス良く両立し、社員の満足度や生産性向上に成功した企業が、どのような働き方やオフィス環境の構築を行ったのか、実際の戦略と事例を紹介する。
セーフィークラウド録画サービスで知られるセーフィーは、2023年7月、「出社したくなるオフィス」を目JLL指して2倍超の拡張移転を実施。
「会議室不足の解消」「営業活動に寄与するショールームの拡充」「コミュニケーション活性化」を目標とし、計20室以上の社内外会議室とセミナールームを整備。オンライン商談・会議に対応する15台の「WORK-POD(個室ブース)」も導入した。
執務スペース内の公園をイメージした「Park」と呼ばれるオープンスペースや、気軽なスタンディングミーティングを行える「マグネットスペース」はコミュニケーション向上に寄与している。
社員アンケートでもほぼすべての項目がプラス評価となり、オフィスの価値が再発見された事例である。
MODE
IoTとAIを組み合わせ、あらゆる作業現場での働き方に革新を起こすシリコンバレー発のスター トアップ企業MODE, Inc.は、2024年にオフィスの拡張移転を実施。家具などの内装造作付きで急速に人気を高めているセットアップオフィスを選択した。
リモートワークのメリットを残しながら、イベントやデバイス管理が柔軟に実現できる「場(オフィス)」の整備を目指し、実際にオフィスに頻繁に出社するであろう営業担当を中心に希望する全社員の内覧に基づいて現オフィスに決定したという。
1階は集中して仕事をする際のコワーキングスペースや社内外向けのイベントスペースとして活用する一方、2階はコミュニケーションや共同作業など、コラボレーションを重視した執務エリアとして機能している。
JLL
不動産総合サービスを提供するJLLは、多様な働き方へのニーズを受け、自社の提唱する理念「Future of Work(働き方の未来)」=FoWを具現化するワークプレイスとして、東京および大阪のオフィスを統合移転した。
社内外のコミュニケーションを促進するため、受付や執務エリアにカフェやサロンを設置し、社内外の交流や一体感の創出を図っている。
また、”Well-being & Creative Recharge”では、マザールーム、エイドルーム、ヨガやeスポーツができる部屋などウェルネスに関する各種設備を備えた空間を充実させ、社員同士のコミュニティ形成やエンゲージメントを向上させる取り組みを積極的に行っている。
出社回帰にともなうオフィス設計のご相談はJLLへ
コーヒーバッジングは、単なる社員個人の勤怠問題ではなく、現代の多様な働き方と従来のオフィスのあり方の乖離が招く組織の危険信号である。放置すれば生産性の低下や優秀な人材の流出を招き、企業の持続的成長を阻害する深刻な経営課題となりかねない。重要なのは、この問題を監視や管理で解決しようとするのではなく、社員が出社の価値を再発見できるような働き方とオフィスのあり方を再定義する好機と捉えることだ。
JLLは、グローバルな知見と豊富なデータに基づき数多くの企業の働き方改革とオフィス構築を支援してきた。企業の文化や事業戦略を深く理解し、コーヒーバッジングのような問題を未然に防ぐだけでなく、社員のエンゲージメントと生産性を最大化する「出社したくなるオフィス」の設計をワンストップで提供する。自社に最適なオフィス戦略について、ぜひ一度JLLにご相談いただきたい。