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不確実性の時代でも前進する気候変動対策

不動産市場におけるトランプ関税の影響やESG関連対応の後退を懸念する声も聞こえてくるが、日本の不動産市場において当面その心配はなさそうだ。2025年3月時点における不動産賃貸市場・投資市場の見通しはともに良好であり、不動産のグリーンビルディング認証取得件数も堅調に伸びている。

2025 年3月にはサステナビリティ基準委員会(SSBJ: Sustainability Standards Board of Japan)からサステナビリティ開示基準が公表され、国内企業の気候変動対策は着実に進むものと予想される。

現在のサステナビリティ開示状況

SSBJ基準の適用に先立ち、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正により、2023年3月期の有価証券報告書から「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、サステナビリティ情報の開示が求められている。

開示するのは「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標及び目標」の4つの構成要素(コア・コンテンツ)に関する情報である。

現時点ではSSBJ基準に厳密に従う必要はないが、将来的にはSSBJ 基準が重要な役割を果たす可能性が高い。現行のTCFDフレームワークを基本としつつ、国際的な動向やSSBJ基準の開発状況を注視し、柔軟に対応していくことが望ましい。

SSBJ基準の適用対象企業と適用時期

SSBJ基準は企業が直面するサステナビリティ関連のリスクと機会を開示することにより投資判断の材料となるものである。

SSBJは適用対象企業を明確に定めていないが、SSBJ基準はグローバル投資家との建設的な対話に備える企業(プライム上場企業)が適用することを想定して開発された。

また、金融庁の資料「サステナビリティ開示及び保証に係る動向」によると、SSBJ基準は時価総額の規模により段階的に適用が義務化される予定であり、時価総額3兆円以上の企業への適用は2027年3 月期から、プライム全企業への適用は2030年代となる見込み である。

想定されるSSBJ基準の適用スケジュール

2023年 ISSB基準の最終版公表
2024年 ISSB基準適用開始
2025年 SSBJ基準の最終版公表
2026年 SSBJ基準任意適用
2027年3月期 時価総額3兆円以上の企業にSSBJ基準の義務化開始
2028年3月期 時価総額1兆円以上の企業にSSBJ基準の義務化拡大
2029年3月期 時価総額5,000億円以上の企業にSSBJ基準の義務化拡大
(順次拡大)
203X年3月期 プライム全企業がSSBJ基準を導入

出所:金融庁資料をもとにJLL作成

ISSBサステナビリティ開示基準の開発

1990年代以降、さまざまな気候変動対策に関する情報開示基準が策定・運用されてきたが、各国・地域の基準が統一されていなかったため、国際基準の必要性が高まってきた。

国際会計基準(IFRS: International Financial Reporting Standards)財団は、グローバルレベルでサステナビリティ報告の質と一貫性を向上させ、投資家その他ステークホルダーにとって有用な情報を提供することを目指して、2021年に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB: International Sustainability Standards Board)を設立し、ISSB基準が開発された。

2022年には気候関連開示基準の草案が発表され、2023年6月にIFRS S1「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」およびIFRS S2「気候関連開示」が公表された。

SSBJサステナビリティ開示基準の開発

この動きを受け、日本においてもサステナビリティ開示基準の開発と国際基準の開発に対する意見発信を行うための体制整備が必要であるとして、2022年に公益財団法人財務会計基準機構(FASF: Financial Accounting Standards Foundation)のもとにSSBJが設立された。グローバルに展開する企業のサステナビリティ情報開示について、国際的な比較可能性を確保することが求められたためである。

SSBJは2024年の草案を経て、 2025年3月5日に「サステナビリティ開示基準」を、同年4月30 日に「有価証券報告書の作成要領(サステナビリティ関連財務開示編)」および「SSBJハンドブック」を公表した。開示基準はユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」と、 テーマ別基準第1号「一般開示基準」、同第2号「気候関連開示基準」から成る。

ISSB基準とSSBJ基準の差異

ISSB基準とSSBJ基準に関する概念図

出所:SSBJ資料をもとにJLL作成

SSBJ基準は、国際的な比較可能性を大きく損なわないようにISSB基準との整合性を重視し、原則としてISSB基準の要求事項を全て取り入れながら、相応の理由が認められる場合には SSBJ基準独自の取り扱いを追加し、ISSB基準の要求事項に代えてSSBJ基準独自の取り扱いを選択することを認めている。

なお、ISSBはS1「全般的要求事項」とS2「気候関連開示」の 2つの文書から構成されているのに対し、SSBJではISSBのS1「全般的要求事項」をユニバーサル基準とテーマ別基準に分割し、ISSBのS2「気候関連開示」にあたるテーマ別基準と合わせて3つの文書から構成されている。

また、Scope2のGHG排出量の報告において、ISSBではロケーション基準を採用しているのに対し、SSBJではマーケット基準も併用することができるといった差異や、GHG排出量の測定方法について、SSBJではGHGプロトコルでの測定結果に加えて、GHGプロトコル以外の測定方法での結果を併せて開示することができるといった差異もある。

予想される今後の展開

ISSBでは今後の重要なサステナビリティ課題として生物多様性や人的資本等についてすでにリサーチを開始しており、段階的に基準を開発していく可能性が高い。これはSSBJにも波及するものと予想される。

また、SSBJにおいても、サステナビリティ関連のリスク及び機会を識別する場合にさまざまなガイダンスを参照している。

「参照し、その適用可能性を考慮しなければならない」ガイダンスとしては、米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)が2018年に公表した11セクター77業種の情報開示に関する「SASBスタンダード」が挙げられており、同スタンダードには環境(GHG排出、大気質、エネル ギー管理、水・下水管理、廃棄物・危険物管理、生態系への影響の6カテゴリー)、社会資本、人的資本、ビジネスモデルとイノベーション、リーダーシップとガバナンスの5領域26カテゴリーの開示項目が規定されている。

「参照し、その適用可能性を考慮することができる」ガイダンスとしては、気候変動開示基準委員会(CDSB)が2021年に公表した「水関連開示のためのCDSBフレームワーク適用ガイダンス」及び「生物多様性関連開示のためのCDSBフレームワーク適用ガイダンス」、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)が2016年以降に公表したサステナビリティ報告書を作成するすべての組織に適用される「GRIスタンダード」、EUが2024年から適用を開始している「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)」が挙げられている。つまり、企業は気候変動にとどまらない開示を推奨されているといえる。

気候関連の具体的な開示内容

SSBJでは、Scope1・2・3すべてのサステナビリティ開示が求められているため、それぞれの情報収集、GHGプロトコルに基づくGHG排出量の集計、必要に応じて地球温暖化対策推進法に基づくGHG排出量の集計が必須となる。

さらに、気候関連のリスク及び機会を識別する場合や開示する指標を決定する場合に「参照し、その適用可能性を考慮しなければならない」とされている「IFRS S2号の適用に関する産業別ガイダンス」では、産業別に開示すべきトピックや指標が挙げられている。なお、 この産業別指標については、考慮した結果、開示トピックに関連しないと判断した場合、適用しないことも認められる。

不動産業界に求められているもの

SSBJ開示基準について議論している様子

産業別ガイダンスのうち不動産関連としては「エンジニアリング及び工事サービス」、「住宅建築業」、「不動産」、「不動産サービス」がある。

「エンジニアリング及び工事サービス」及び「住宅建築業」の指標には第三者による多属性(エネルギー効率、節水、材料及び資源効率、屋内環境品質)サステナビリティ基準の取得件数などがあり、「不動産」及び「不動産サービス」にはエネルギー格付認証の取得率や面積などがある。なお、「不動産」産業の指標に関する各種定義はGRESBとの整合が求められており、すでにGRESBに参加している企業は産業別指標の開示が比較的容易と考えられる。

サステナビリティ開示の動向を踏まえると、不動産業界においては、省エネルギーや節水など基本的な取り組みを推し進めることが従来以上に求められるとともに、グリーンビルディング認証やエネルギー格付認証といった第三者による認証も説得力のあるエビデンスとして重要な位置づけとなることが予想される。

日本は気候変動に係る国際イニシアティブへの賛同・参加表明企業数こそ多いものの、実行に移し高い評価を受けている企業は多いとはいえない。日本のCO2総排出量の約3分の1をも占める不動産に関わる我々から、気候変動さらには多様な環境問題に対して率先して行動することが期待される。

産業別ガイダンスにおける不動産関連産業の開示内容

産業 想定される業界 トピック 指標
エンジニアリング及び工事サービス ゼネコン、デベロッパー プロジェクト開発における環境インパクト (省略)
構造上の完全性及び安全性 (省略)
建物及びインフラのライフサイクルにわたるインパクト 第三者による多属性サステナビリティ基準の認定を受けた受注プロジェクトの件数等
事業構成に対する気候インパクト (省略)
住宅建設業 ハウスメーカー 土地利用及び 生態系へのインパクト (省略)
資源効率的な設計 第三者の多属性グリーン・ビルディング基準の認証を受けた、引き渡された住宅の数等
気候変動への適応 (省略)
不動産 REIT エネルギー管理 不動産物件セクター別のエネルギー格付を有する適格ポートフォリオの割合等
水管理 (省略)
テナントのサステナビリティ・インパクトの管理 (省略)
気候変動への適応 (省略)
不動産サービス 資産管理、仲介、鑑定、情報サービス サステナビリティ・サービス エネルギー格付を取得した、管理下にある建物の床面積及び建物の数等

出所:SSBJ資料をもとにJLL作成

不動産サステナビリティ対策のご相談はJLLへ

2027年3月から適用されるSSBJ基準への対応として不動産業界では省エネ・節水強化・廃棄物削減、LEEDやWELLといったグリーンビルディング認証取得がより重要になりそうです。

JLLでは、SSBJ基準について不動産業界にどのような影響があるのか。また、JLLとしてお客様をどのように支援していくべきか、サステナビリティと各セクターに精通した専門家による下記のような対談記事を発表しています。

また、JLLが提供しているサステナビリティサービスの資料請求、SSBJ基準に関する相談・問い合わせは下記をご覧ください。