これからの「新しい働き方」を実現するオフィスとは?リアル×デジタルな空間設計の具体例
「新しい働き方」とは?定義と導入が求められる背景
なぜ今、企業が「新しい働き方」の導入を検討すべきなのだろうか。その背景と、新しい働き方の定義について、重要な用語の意味も含めて解説する。
国の推進する「働き方改革」
「新しい働き方」が求められる背景として、政府が推進する「働き方改革」が挙げられる。少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少や、育児・介護との両立が難しい従前の労働課題に対応するための施策であり、企業に変革を促す3つの柱として「長時間労働の是正」、「多様で柔軟な働き方の実現」、「公正な待遇の確保」を掲げている。特に「多様で柔軟な働き方の実現」に対応するため、多くの企業では従来の働き方を見直す必要に迫られている。
リモートワークの普及
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を契機に、リモートワークが急速に普及した。働く場所や時間の制約が緩和され、柔軟な働き方が現実的な選択肢として定着したことで、社会における「働き方」の捉え方や価値観が大きく変化した。特に、コロナ以前の働き方改革では“労働時間”の柔軟性に焦点を当てた施策を行う企業が目立っていたが、コロナ以降は“働く場所”を選択できる機運が醸成された。
人材獲得・定着の競争激化
日本をはじめとする多くの先進国では、少子高齢化による労働力不足が深刻化し、企業の成長に不可欠な優秀な人材の獲得と長期的な雇用維持は喫緊の課題となった。柔軟な働き方ができる職場環境は、求職者を惹きつけるとともに既存社員のエンゲージメント向上にも寄与する企業が働き方改革を推進するための大きな原動力になっている。
「ワークライフバランス」から「ワークライフインテグレーション」へ
従来重視されてきた、仕事と私生活を明確に分ける「ワークライフバランス」に対し、近年では両方を統合し、相乗効果によって人生全体の充実を目指す「ワークライフインテグレーション」という考え方が注目されている。この価値観の変化が、時間や場所に縛られない柔軟な働き方を後押ししている。
企業における代表的な「新しい働き方」の形
「新しい働き方」には、具体的にどのような形があるのだろうか。国の定義する新しい働き方には、副業やフリーランスといった幅広いワークスタイルが含まれるが、ここではコロナ以降に顕在化した企業における新しい働き方の代表例とその特徴について解説する。
リモートワーク/テレワーク
リモートワークやテレワークは、情報通信技術(ICT)を活用し、オフィス以外の場所で働く勤務形態を指す。働く場所は自宅のほか、企業が本社とは別に設けるサテライトオフィス や、複数の企業や個人が共有するコワーキングスペース など多岐にわたる。場所の制約を受けない働き方の代表的なスタイルとして広く浸透している。
ハイブリッドワーク
オフィス出社とリモートワークを組み合わせた働き方を指す。「週に2日は出社し、残りは在宅勤務」といったように、業務内容や個人が置かれている状況に合わせて働く場所を柔軟に選択できるハイブリッドワーク は、社員のエンゲージメントと生産性を両立させる働き方として、コロナ禍以降、多くの企業で導入が進んだ。
ABW(Activity Based Working)
ABWとは「Activity Based Working」の略称で、その時々の仕事内容に合わせて、最も集中・連携しやすい場所を社員自身が自律的に選ぶ働き方を指す。オフィスには固定席を設けず、フリーアドレス主体の執務室・集中ブース・コラボレーションエリアなど多様な執務空間を用意することで、社員の生産性や満足度を高めることを目的としたワークプレイス戦略といえる。
フレックスタイム/裁量労働制
これらの制度は以前から存在したが、「新しい働き方」としてコロナ以降に再定義された。決められた出社時間(コアタイム)がなく、総労働時間を満たせば始業・終業時刻を社員自身で自由に選択できるスーパーフレックスタイム制や、実労働時間ではなく成果で評価する裁量労働制は2024年に法改正され、適用範囲の拡大と運用の見直しがなされ、働く時間の柔軟性がさらに高まった。「場所の自由」と「時間の自由」を組み合わせることで、社員の自律性をさらに促進し、満足度と生産性をともに高める効果が期待できる。
企業が「新しい働き方」を導入するメリット
「新しい働き方」は企業に次のような多様なメリットをもたらす。
オフィスのコスト削減/最適化
リモートワークの導入により、1日あたりの出社人数を抑制することでオフィス面積を最適化でき、賃料などの固定費削減につなげることも可能になるだろう。
生産性の向上
社員が業務内容に応じて自宅やオフィスなど最適な環境を選ぶことで、通勤時のストレス・疲労を軽減できるとともに集中力が向上し、作業効率向上が期待できる。働き方の自律性を育める環境を提供することは社員のモチベーションやエンゲージメントにもプラスに働き、組織全体の生産性向上が期待できる。
人材の獲得と定着
柔軟な働き方は、求職者にとって魅力的な条件であり、採用競争において大きな優位性となっている。また、育児や介護といった困難なライフステージに直面する社員でも働き続けられる環境は、社員満足度を高め、離職率の低下と人材の定着に直結する。
固定費の削減と社員体験向上を両立させる「新しい働き方」視点のワークプレイス戦略が企業の成長を促進する
「新しい働き方」導入時の注意点と対策
「新しい働き方」は企業と社員にさまざまなメリットをもたらすが、導入にあたってはいくつか注意しておくべき点もある。失敗しないためのポイントや対策を以下に解説する。
労務管理や評価の公平性
社員の働く姿を直接管理できない環境では、労働時間や業務プロセスを正確に把握することが難しくなる。そのため、成果を正当に評価する仕組みや、オフィス勤務者とリモート勤務者との間に不公平感が生じない客観的な評価基準の策定が不可欠だ。勤怠管理ツールを導入し、労働時間を可視化することも有効な対策となる。
セキュリティリスク
社外でPCやモバイル端末を利用する機会が増えることで、情報漏洩やマルウェア感染といったセキュリティリスクは増大する。VPN接続の義務化やデバイス管理ツールの導入に加え、セキュリティポリシーを明確に定め、社員への教育を徹底することが重要だ。「何も信用しない」を前提とするゼロトラストの概念に基づき、アクセスごとに多要素認証を課すなどの対策も求められる。
コミュニケーション低下
社員同士が顔を合わせる機会が減ると、業務に必要な連携だけでなく、偶発的な会話から生まれるアイデア創出や情報共有の機会も失われがちだ。ビジネスチャットやウェブ会議システムを整備するとともに、意図的に雑談の機会を設けたり、オフィスに社員が集まりたくなるようなコラボレーションスペースを設置するなど、コミュニケーション活性化対策も求められる。
デジタル×リアルで、新しい働き方を促進するオフィス戦略
「新しい働き方」を可能にするには、制度や企業カルチャーの改革だけでなく、それに対応したオフィス環境の改革が不可欠である。ここでは、デジタル技術とリアルの空間設計を融合させ、柔軟で生産性の高い働き方を促進するための具体的なオフィス戦略の例を紹介する。
ウェルビーイングを高めるスマートビル化
スマートビルとは、IoTやAIを活用して空調、照明、セキュリティなどを最適に制御する建物を指し、近年のオフィスビルのトレンドの1つとなっている。
個人の好みに合わせて執務エリアの温度や明るさを自動調整したり、換気システムで常に清潔な空気質を維持したりすることで、社員の心身の健康、すなわちウェルビーイングの向上に貢献する。
オンライン会議や商談をスムーズにするITツールと集中ブース
ハイブリッドワーク環境においては、非対面でも円滑なコミュニケーションが図れることが不可欠である。
高画質なウェブ会議システムや、会議室・座席の予約システムといったITツールは、オフィスとリモート間の連携をスムーズにする。同時に、オフィスには周囲の雑音を気にせずにオンライン会議に集中できる防音性の高い個室ブースの設置が求められる。リアルとデジタルの両面から環境を整備することで、どこにいても質の高いコミュニケーションが可能となり、生産性の低下を防ぐことができる。
フレキシブルオフィスの導入
フレキシブルオフィスとは、一般的な建物賃貸借契約よりも短い期間で契約更新となり、必要に応じて拡張・縮小など柔軟に対応できるオフィスサービスの総称だ。具体的にはサービスオフィスやコワーキングスペース、レンタルオフィスなどが該当する。
企業の成長ステージや事業戦略の変化に迅速かつ柔軟に対応できるのが最大の利点であり、自社で内装工事を行う必要がなく、初期投資を抑えながら多様な働き方を支えるオフィス環境を確保できる。
フリーアドレスの採用
固定席を設けず、働く席を選べるフリーアドレス は、部門や役職の垣根を越えた偶発的なコミュニケーションが生まれやすくなり、組織の活性化や新たなアイデアの創出につながる。また、在席率調査などをもとに最適な座席数を導き出すことができ、スペースの効率的な利用も可能になる。
コラボレーションスペースの設置と活用
ハイブリッドワークが普及する中、オフィスには単なる業務を遂行する場所でなく、社員が集まり協業するための「場」としての役割が強く求められている。アイデア出しに使えるホワイトボードや可動式の家具を備えたコラボレーションスペースは、偶発的な交流を促し、イノベーションを生み出す重要な空間となる。こうした出社したくなるオフィスが、新しい働き方の中でチームの一体感を醸成する。
ハイブリッドな働き方が可能な状況下において、リアルなオフィスでは「出社したくなる」環境作りの重要性が増している
「新しい働き方」を体現する企業の成功事例
リンクアンドモチベーション
組織課題の解決や従業員の成長支援などの各種コンサルティングサービスを提供しているリンクアンドモチベーションは、2021年、銀座の中央通り沿いに位置する大規模複合施設「GINZA SIX」から、同じく銀座・昭和通り沿いの「歌舞伎座タワー」へ、本社機能(東京統合拠点)を移転した。
オフィスとテレワークを併用し、労働生産性と従業員エンゲージメントを同時に高めるハイブリッドな働き方「Compatible Work」実践を見据え、オフィス面積1,900坪弱から530坪程への大幅な縮小移転となった。
在席率を50%(2022年6月時点)に制限し執務エリアは縮小したが、ヒトの出入りが多い来客エリアは会議室の数を維持するなど、効果を最大化するための運用を柔軟かつ具体的に検討した。
さらにグループ会社を含む全国7つのオフィスに関しても賃借床の返却・縮小移転を実施し、総床面積約6割削減・賃料は約7割削減に成功。コスト削減分はIT投資と従業員のベースアップに充てている。
GMOあおぞらネット銀行
インターネット銀行事業を展開するGMOあおぞらネット銀行は、2019年12月「渋谷フクラス」に新オフィスを開設。渋谷駅周辺に分散していたグループ会社を含む各オフィスを、「渋谷セルリアンタワー」の第1本社と、「渋谷フクラス」の第2本社へ統合した。
同社のオフィス戦略は、社員の主体性を尊重し自由な発想を促す環境づくりに重点を置いている。フリーアドレスを導入しつつも、各エリアの利用目的をあえてルール化せず、窓際の集中ブースやハンモックのあるリフレッシュエリア、卓球台にもなる多目的テーブルなど多様なスペースを設置した。
JLL
不動産総合サービスのJLLは、自社の提唱する「Future of Work(働き方の未来)」 をオフィスにて体現するため、2022年に東京本社・関西支社の新オフィス移転を実施した。
ハイブリッドワークを前提に、オフィスは単なる作業場所ではなく、社員が協業し企業文化を共有する「目的地」と定義。最新のITツールや予約システムの導入でリモートとオフィスの連携をシームレスにする一方、リアルな空間では、データに基づいた利用状況分析によりレイアウトを最適化し、ウェルビーイングを高める快適な環境を実現している。
これらの実績により、2023年には人々の健康とウェルビーイングの観点から建築や街区の環境性能を評価する国際認証制度のWELL認証(WELL Building Standard™)のWELL v2 pilotで最高ランクの「プラチナ」認証を取得 した。
「新しい働き方」を実現するオフィス戦略はJLLへご相談下さい
「新しい働き方」は、もはや一過性のトレンドではなく、人材獲得や生産性向上に直結し、企業の持続的成長に不可欠な経営戦略である。しかしその導入・定着には、制度設計からセキュリティ、コミュニケーションに至るまで、多岐にわたる課題が伴う。
これらの成否を分ける重要なポイントは、デジタルとリアルを融合させた戦略的なオフィス環境の構築だ。
ハイブリッドワークやABWといった多様な選択肢の中から、自社の経営課題や企業文化に最適な解を導き出すのは容易ではない。JLLは、不動産のプロフェッショナルとして、グローバルなネットワークで得られる最新の知見と、膨大なデータ分析、そして数多くの企業変革を支援してきた実績を持つ。自社に最適なオフィス戦略の選択に迷ったら、ぜひJLLへ相談してみてほしい。