アジア太平洋地域の学生向け住宅市場 - 未開拓の成長セクターに機関投資家が注目
著者
Lauren Hetherington
アジア太平洋地域の学生向け住宅市場が熱を帯びている。機関投資家が当該セクターを本格的に評価するようになり、新たな投資フェーズを迎えつつある。事実、地域内における2025年の学生向け住宅への投資額は2022年比で3倍にまで拡大している。これまで市場を牽引してきた施設運営事業者のみならず、機関投資家が新規参入するなど、プレーヤーの多様化が進んでいる。
ここで2つの疑問が浮上する。こうした変化を後押ししている要因は何なのか?そして、この流れは一過性のものではないのだろうか?
結論からいえば、学生向け住宅市場の需要拡大は構造的な要因に下支えされ、投資機運の高まりは一過性のものではない。
英国、米国、カナダといった主要な留学先が留学ビザの厳格化といった政策転換を行う中で、行き場を失った学生の視線がアジア太平洋地域へと向かっている。地域内の各国政府も留学生の受け入れ人数を拡大する方針を示し、ビザの要件緩和などを行い、留学需要を積極的に取り込もうとしている。さらに、地域内に共通する学生向け住宅の供給不足は景気変動による一時的なものではなく、構造的・長期的な課題である。このような背景から、アジア太平洋地域の学生向け住宅セクターは市場全体の動向に左右されにくい安定した賃料成長が期待できる“有望株”と見なされているのである。
ただし、この成長の波はアジア太平洋地域全域で起きているわけではない。不動産市場の透明性・流動性が極めて高いオーストラリアのように、新規参入が比較的容易な成熟市場が存在する一方、市場ポテンシャルと先行者利益が魅力となる新興市場も存在する。市場ごとに投資環境やリスク・リターンの特性が大きく異なるため、画一的な投資戦略だけでは当該セクターを“攻略”するのは困難を極める。
2025年の学生向け住宅への投資額が2022年比で3倍に
2025年通年におけるアジア太平洋地域の居住用不動産セクターへの投資額は前年比77%増の126億米ドルとなった。2026年上半期もこの勢いは衰えず、61億米ドル(前年同期比1%増)を記録している。
マルチファミリー(一棟売りの集合住宅)や賃貸専用に開発されたビルド・トゥ・レント(Build to Rent/賃貸マンション)が引き続き市場を牽引し、2026年上半期の投資額のうち実に89%超を占めた。これは、安定した賃料収入を求めるコア投資戦略の主軸が依然として住宅セクターに向いていることを示唆している。
こうした中、居住用不動産セクターの中でも特に成長を期待されるのが「学生向け住宅」だ。2025年通年の投資額は2022年比で3倍に拡大。居住用不動産セクターに占めるシェアも8%(2022年)から12%(2025年)へと着実に増加している。
規制強化により留学需要が欧米からがアジア太平洋地域へ移動
留学生の受け入れに関する世界的なの政策は二極化の一途を辿っている。グローバルで調査した19%の国々が留学生の受け入れを推進する一方、英語圏の主要な留学先である英国、米国、カナダは足踏みを揃えるかのように規制強化に転じている。その影響は顕著であり、カナダでは留学生数が60%減(2024-2025年)、米国で語学研修などを受講するための基礎的な学生ビザである「F-1ビザ」の発給数が36%減、英国では61%の大学が留学生数の減少を報告している。
この動きは、アジア太平洋地域にとって留学生を誘致するための強力な追い風となっている。同地域では2万を超える英語での学位プログラムをはじめ、世界トップレベルの大学、そして欧米の大学卒業資格をより身近かつ安価に取得できるブランチキャンパス(世界の60%が集中)などを訴求し、すでに世界全体の留学生数の19%を受け入れている。
地元外の学生受け入れ枠を拡大した香港をはじめ、外国人留学生の受け入れ目標を大幅に前倒しで達成した日本、留学生に高品質な教育を提供するための教育品質保証制度「EduTrust」を整備したマレーシアなど、欧米から“締め出された”留学需要を積極的に受け入れようとする各国の強い意志が感じられる。
2030年までに世界の留学生数は900万人に達すると予測され、学生専用に設計・建設された住居(PBSA: Purpose-Built Student Accommodation、いわゆる学生寮)の需要は増す一方だ。それに伴い、投資対象として流動性もこれまで以上に高まるだろう。
一方、欧米に比べて留学ビザの取得が容易であること、学費や生活費の優位性、そして大学のブランド力を維持できるかどうかが今後の市場拡大の鍵を握る。
政府の積極的な政策がアジア太平洋地域の強みに
2025年におけるアジア太平洋地域(中国以外)ではオーストラリア、日本、韓国が留学生の主要受け入れ国として台頭しており、3カ国合計で150万人を超える。2024年から大幅に増加しており、特に日本(2033年までに外国人留学生40万人)と韓国(2027年までに300万人)は、政府が掲げた受け入れ目標を前倒しで達成している。一方、シンガポールを除く東南アジアでは、留学生よりも国内の学生が市場を牽引している。より質の高い教育機会を求めて地方都市や農村部の学生が都市部の大学へ進学するケースが増加していることが主な要因だ。
供給不足が構造的・長期的な課題に
アジア太平洋地域の学生向け住宅市場では、大学が保有する老朽化した学生寮や個人オーナーが貸し出す小規模な賃貸住宅が依然として大半を占めている。各市場で関連法規の整備が始まったばかりであり、本格的な機関投資家の資金が市場に流入し始めてから3-5年程度しか経過していない。そのため、近代的かつ高品質な専用施設が圧倒的に不足しているというのが現状だ。
ここに巨大な投資機会が眠っている。留学生数に対する高品質な専用施設の供給率を調べると、欧米では33-88%であるのに対し、アジア太平洋地域では10%にも満たない市場が大半だ。
この供給格差を少しでも埋めるためには膨大な数の物件を供給する必要がある。仮にオーストラリアがオランダと同程度の供給率(14%)を目指すのなら約8万床が新たに必要となり、香港が英国レベル(33%)を目指すなら約12万床が必要だ。そして韓国で供給率を5%引き上げるためには15万床以上が新たに必要となる。
そして、学生向け住宅の需要を支えるのは一過性の政策ではない。継続的に増加する留学生数、都市部への人口集積、そして住環境の質に対する意識の高まりといった、社会に深く根差した構造的な要因が最も影響力がある。供給不足を解消する潤沢な投資資金、欧米で実証済みの事業モデル、そして旺盛な需要という好条件が揃った今、アジア太平洋地域はかつての欧米市場を上回るスピードで成長する可能性を秘めている。
投資家にとっては、空室リスクを懸念することなく年率15-20%増で開発を進められる点、供給不足の市場で安定収益が確保できる点、そして小規模な施設運営事業者を統合し“規模の経済”を追求するM&Aの好機がある。
投資実績はオーストラリアが圧倒し、日本、シンガポールが続く
2025年、アジア太平洋の居住用不動産セクターへの投資を牽引したのは日本であり、大規模なポートフォリオ取引などに背景に地域全体の投資額の54%を占めた。日本は同セクターにおいて最も流動性が高く、機関投資家にとって魅力的な市場としての地位を不動のものにしている。
一方、学生向け住宅への投資活動は一部の成熟した市場に限定されている。2026年上半期における投資はわずか4カ国で行われ、市場の成熟度が突出しているオーストラリアが全体の61%を占めた。これに日本、シンガポールが続き、アジア太平洋全域で投資可能な市場が徐々に形成されつつある。
画一的な戦略は通用しない
広大なアジア太平洋地域には多様な戦略に応える様々な投資機会が眠っている。しかし、市場特性は市場(国)ごとに大きく異なるため、画一的なアプローチがすべての市場で通用するわけではない。各市場の文化・規制・商慣習などを深く理解した専門知識と投資ノウハウを有するJLLのようなパートナーの支援を受けることが成功への第一歩であり、近道となる。
結論
アジア太平洋地域の学生向け住宅セクターは、いまだ黎明期にある。しかし、その成長の確実性は明らかだ。欧米からの需要移転、各国政府による積極的な受け入れ姿勢、そして一過性の景気サイクルでは決して解消できない供給不足…こうした要因がアジア太平洋地域の学生向け住宅セクターの持続的な成長を後押しするだろう。
この巨大な成長ポテンシャルが顕在化するのはこれからだ。従前は流動性が高く安心感のあるオーストラリアに投資が集中していた。一方で、法整備や事業環境が発展途上にある他の多くの市場は、多くの投資家にとって未開拓のフロンティアといえる。いち早く行動を起こした先行者こそが最大利益を得られるだろう。
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