フレキシブルオフィス:CRE戦略に欠かせない選択肢に
概要
AIがフレキシブルオフィスの需要を牽引する新たな主役候補に浮上している。AIによる「労働力革命」が進み、長期的なオフィス戦略の策定は困難を極める。そうした中、フレキシブルオフィスは、AIがチーム構成や人員ニーズを再編する流動的な状況に対して、リアルタイムに適応するための選択肢をテナント企業に提供する。
フレキシブルオフィス市場は、ここ数年にわたる不安定な時期を経て現在は安定化している。運営事業者はリスクの高い賃貸借契約から運営受託契約やレベニューシェア(成果報酬型)契約を志向するようになり、新規開設や投資資金を呼び込んでいる。
テナント企業のフレキシブルオフィス導入はいまだ初期段階にある。オフィス・ポートフォリオ全体に占めるフレキシブルオフィスの割合が10%以上の大手企業はわずか3%に過ぎない。フレキシブルオフィスの膨大な潜在需要と低導入率との乖離は、テナント企業、ビルオーナー、投資家のいずれにとっても大きな機会となりえる。
柔軟性への新たな要請
数年にわたる不安定な時期を経て、フレキシブルオフィス市場は再び財務基盤を固めている。企業は利用契約をはじめとする“柔軟性”がもたらす多大なメリットを認識し始め、ビルオーナーはフレキシブルオフィス運営事業者との提携機会を模索し、投資家はM&Aを後押ししている。
さらにAIがもたらす労働革命の波によって、オフィスにおける柔軟性は極めて重要視されるようになっている。オフィス需要はより流動的になっているにもかかわらず、世界のオフィス市場の多くは依然として固定化されたままである。しかし、テナント企業はフレキシブルオフィスが提供する付加価値をこれまで以上に魅力的に捉えている。その理由は、労働力とそれに必要な床面積が加速度的に変化する状況を乗り切るために必要な選択肢を、より早く、より簡単に提供してくれるためである。
「エラスティック・ポートフォリオ」の台頭
世界的にオフィスの利用率は平均54%であり、企業が目標とする平均79%とは25ポイントもの大きな隔たりがある。この課題は特に北米で深刻であり、利用率のギャップは29ポイントに達する。しかし、単なる規模縮小が決定的な答えではない。JLLの調査によれば、世界の企業リーダーの43%が、今後数年で人員が増加すると予測している。
「コストを抑制しつつ事業成長に対応する」…この矛盾が「エラスティック・ポートフォリオ(需要の増減に合わせて柔軟に縮小・拡張できる)」への切り替えを促す主な要因となっている。コア(核)となるスペースを一部占有し、必要に合わせてフレキシブルに拡張できるという「コア・アンド・フレックス」型の利用契約は、固定費(賃料)の一部を変動費(利用料)に変換するものであり、主なメリットは以下の通りだ。
コスト最適化:事業サイクルにおいて、人員の増減や社会環境の変化に合わせてオフィス・ポートフォリオを調整する。
即入居・即稼働:事前に内装設備が整ったターンキー型のスペースと標準化された会員契約によって、短期プロジェクト、新規市場の事前調査、人員増・人材獲得の迅速に対応するためのオフィス拡大などが可能になる。
新しい働き方への適応:柔軟な利用期間、万人受けする内装デザイン、立地の多様化など、イノベーションが求められる時代に適応した機動性を実現する。
このような明確なメリットが見込めるのだが、企業の導入状況はまだまだ初期段階といえる。JLLのグローバル調査では、オフィス・ポートフォリオの10%以上フレキシブルオフィスを利用している企業はわずか3%に過ぎず、42%の企業はフレキシブルオフィスを利用できるのは人員の1%以下となっている。翻って、同市場が劇的に成長する余力があることを示している。
持続可能な契約形態で再起を図る
ベンチャーキャピタル主導による市場拡大から一転、コロナ禍に調整局面を迎えたフレキシブルオフィス市場だが、不採算拠点の統廃合、賃貸借契約の再交渉、事業の合理化などによって運営事業者は財務的安定性を取り戻している。特に顕著なのは、高リスクの固定賃料を負担する賃貸借契約から財務的に持続可能な提携モデル(運営委託・成果報酬・フランチャイズ)への移行である。
運営委託契約:オーナーがフレキシブルオフィス運営事業者へフィーを支払い、施設の運営管理を委託する。「Industrious」が積極的に採用する他、「IWG」の出店戦略でも比重が高まっている。
レベニューシェア(成果報酬型): 不動産オーナーと運営事業者が収益を分け合うことで、双方の財務的利益を一致させる協調モデル。
フランチャイズ契約:代表例は「Venture X」であり、特に郊外などのサブマーケットにおいてフランチャイズ契約を通じて個人起業家と提携し、拠点数を拡大している。
こうした契約形態の変化は、投資家の信頼回復におおいに貢献している。近年の代表的なM&A事例として、Conveneによる「Neue House」の買収(2026年1月)、New State Capital PartnersとGray cliff Partnersによる「Vast Coworking」の買収(2026年3月)などが挙げられる。その他、HinesやTishman Speyer、日本の野村不動産などのビルオーナー系企業も独自のフレキシブルオフィス運営事業を展開している。
AIが柔軟性への需要を加速させる
従前、テナント企業がフレキシブルオフィスを活用するのは①社員が少数、②短期プロジェクト、③迅速な入居、④初期投資の抑制といった“戦術的”な理由が主流であった。しかし、AIの急速な進化は、より広範にフレキシブルオフィスの導入を促す大きな要因となっている。
長期的にみれば、AIの導入が、人員構成や将来の採用予測に不確実性をもたらしている。AIによって補強・代替・創出される職務とは何か…こうした予測は非常に難しく、急速な変化に執務環境を素早く適合させていくのはさらに困難を極める。
そのため、環境変化への対応力に乏しい従来型の賃貸借契約ではなく、柔軟性のあるフレキシブルオフィスを自社のオフィス・ポートフォリオ戦略に組み込むことは多大なメリットをもたらす。テナント企業にとって短期の利用契約と内装が整ったセットアップ型のフレキシブルオフィスは、AIが人員計画を再構築するのに合わせて、既存オフィスに縛られることなく、物理的な拠点をリアルタイムで適応させる選択肢を与えてくれる。
世界的な導入状況:地域ごとに異なる様相
オフィスの柔軟性に対するニーズは世界的な現象といえる。しかし、その導入率や市場動向は国・地域によって大きく異なる。
南北アメリカ地域:米国は最も成熟したフレキシブルオフィス市場を持つが、それと同時に世界的に見てもオフィス回帰率は低位に留まっており、「エラスティック・ポートフォリオ」導入への強い動機がある。一方、フレキシブルオフィスの供給量はサンフランシスコ(5.3%)やニューヨーク(4.2%)などのIT集積エリアで最も多く、先端技術産業の集積が進むマイアミやオースティンといったサンベルト地域(米国南部・南西部の温暖地域)で成長が加速している。
欧州・中東・アフリカ:ロンドンは依然として世界的なフレキシブルオフィス市場である。過去に発生したフレキシブルオフィス運営事業者の倒産を受け、ビルオーナーがリスクを軽減しようと考え、賃貸借契約から運営受託契約への移行が特に顕著になっている。
アジア太平洋地域:インドや中国などの市場では、オフィスの立地について、従業員は「活気に満ち、アメニティが豊富な場所」を非常に高く評価しており、フレキシブルオフィスに求められる付加価値も「立地」と「体験」が中心となっている。また、地元の運営事業者が強固な地位を確立している点も大きな特徴である。
柔軟な契約形態へシフト
数年前、JLLは「2030年までにオフィススペースの30%がフレキシブルに利用されるようになる」と予測した。この見立ては下記のライフサイクルを経て加速している。
2021-2023年(変動期):賃貸借契約の解約、運営事業者の再編、運営受託契約への切り替えなどが進む。
2024-2025年(回復期):オフィス回帰の流れを受けてテナント需要が急回復、ビルオーナーはコロナ禍で生じた空室の埋め戻しに成功。
2026年以降(戦略的導入期):AI導入を背景にした労働力革命によってオフィス・ポートフォリオの柔軟性がCRE戦略の中核となるにつれ、短期契約のセットアップ型が標準となる。
この予測通りにフレキシブルオフィス市場が進化するかどうかは定かではないが、即入居可能なセットアップ型の普及はもとより、アメニティスペースや共有会議室の拡充を進める昨今のフレキシブルオフィスの動きは、テナント企業のオフィス戦略の転換を浮き彫りにしている。
主要な検討事項
テナント企業
オフィス・ポートフォリオをプラットフォームとして扱う:定期的にオフィス規模を見直すだけでなく、利用率データや事業予測、市場動向などの各種データを基にした継続的な規模の最適化へ移行する。
戦略的に試験導入と提携を行う:運営事業者・立地・契約形態を小規模の試験導入を行い、最適な組み合わせを見つける。
データを統合的に活用する:CRE(総務)・人事・IT・財務部門の知見を統合し、データに基づいたオフィス戦略の意思決定を重視する。
ビルオーナー・投資家
オフィス・ポートフォリオのフレキシブル化の可能性を評価する: 新たな収益源を生み出し、保有ビルのアメニティを向上させうる空室や未稼働共用部を特定する。
事業モデルを選択する:事業遂行能力、リスク許容度、アセット戦略を考慮し、フレキシブル運営事業者との提携と自社運営のトレードオフを比較検討する。
基盤技術に投資する: スペース・座席・会議室予約、コミュニティ管理、稼働分析ツールは、施設利用者に魅力的な体験を提供し、運営パフォーマンスの向上に不可欠である。
評価額への影響を理解する: フレキシブルオフィスの運営が軌道に乗れば、ビルの空室率が低下し、資産価値向上に寄与する。一方、運営受託契約によるオーナー収益は賃貸借契約による固定賃料よりも不安定と見なされる他、フレキシブルオフィスが賃貸可能面積の17%を超えるとビル全体の価値を損なう可能性もある。
商業用不動産は「コモディティ化」から「差別化」の時代へと突き進んでいる。テナント企業はAIが主導する未来に備え、より俊敏なポートフォリオ戦略を求めている。ビルオーナーは提携モデルやセットアップ型のフレキシブルオフィスを提供することで、そのニーズに応え、投資家は現代のCRE戦略に不可欠な要素へと飛躍を遂げつつあるフレキシブルオフィス市場に再び食指を伸ばしている。こうした変化を受け入れ、柔軟性を最大限活用できるテナント企業こそが、競争が激化するグローバル経済において有利なポジションを確立することになるだろう。
フレキシブルオフィス導入のご相談はJLLへ
不確実性が高まる経済情勢、AI導入によって変化が予想される働き方など、企業のオフィス戦略を取り巻く環境が大きく変化する中、フレキシブルオフィスは多くのテナント企業にとって最適な選択肢となるでしょう。単なる「働く場」を拡充するだけではなく、ブランディングや人材戦略に関わる経営戦略としてフレキシブルオフィスが位置付けられそうです。
フレキシブルオフィスはコワーキングスペースやサービスオフィス、セットアップオフィスなど、様々な選択肢があり、自社の事業フェーズや経営戦略に最適な物件を選定するのは困難です。JLLは多数の国内外企業のオフィス戦略を支援しており、フレキシブルオフィスの選定・仲介実績も豊富です。総合的なオフィス戦略の策定から契約条件の交渉までをワンストップで支援していますので、フレキシブルオフィスの活用を検討されている方はJLLへご相談ください。