HMC普及の背景
日本でHMCが初めて締結されたのは、1964年に開業した「東京ヒルトンホテル」に遡る。オーナー(デベロッパー)は東急電鉄、オペレーターはヒルトンだった。しかし開業から20年後、オーナーである東急電鉄とオペレーターであるヒルトンの間で契約更新とはならず、1983年12月に閉館した後、東急電鉄は「キャピトル東急ホテル」にリブランドして自社運営を開始し、かたやヒルトンは1984年9月に新宿で「東京ヒルトンインターナショナル」を開業することになる。
長い歴史をもつHMCだが、米国で所有と運営の分離が加速したのは1990年代前半の不動産不況時である。1993年、それまで多くの所有直営型のホテル事業を展開していたマリオットがオペレーターの「マリオット・インターナショナル」と資産保有会社である「ホスト マリオット(現ホスト ホテルズ&リゾーツ)」に分社したのが象徴的な事例だ。
米国ではなるべく早く企業を成長させることが経営命題とされ、所有直営型ホテルで自ら投資するのは時間がかかりすぎると考えられている。自ら投資をせずに第三者(不動産オーナー)が投資した施設を運営受託し、自分たちのホテル運営ノウハウを転用することで、リスクをとらず早期にホテル出店を増やし成長を加速させる手法としてHMCが考案された。また、不動産オーナーとホテルオペレーターではホテル事業に対して必要とされるスキルが大きく異なり、開発用地の取得や資金調達を得意とするオーナー(デベロッパー)と、ホテルのマネジメント力に秀でたオペレーターがそれぞれ得意な役割を分担したほうが、より早期の成長が見込めるとの合理的判断が働いた結果ともいえるだろう。
株主にとってもHMCのほうがリスク評価をしやすい。所有直営型ホテルの場合、不動産そのもののリスク、ホテル運営のリスク、自社ホテルブランド使用ビジネスのリスク等が混在し、リスク評価の焦点が絞り込めない。業績・マーケットが好調な時期はこれでも問題ないが、マーケット環境が悪化してくると、これら複数のリスク要因それぞれを分析・評価して投資判断をしなければならない。一方、HMCにおいては、ホテルオーナーは不動産投資に対するリスク、オペレーターはフィー収入に対するリスクを査定することになり、株価を計るEBITDAマルチプルの比較対象会社も明確となる。
日本では依然として賃貸借契約が一般的だが、これは世界的に見ても珍しい。賃貸借契約が定着したのにはいくつか理由がある。オーナーの立場からみると、所有遊休土地の有効活用策が偶然ホテルであってホテル運営リスクをとるつもりがない投資家であったり、業法的に賃料収入しか受け入れられない保険会社がオーナーとなるケースが多かった。また、レンダーにホテル運営リスク査定を行う能力がなく、賃借人の信用力で融資判断を行いがちだったことも背景となっている。オペレーターの視点では、借家法上、強固な地位が得られる賃貸借契約のほうが長期間ホテル運営権を確保できること、間接金融が潤沢であった日本では担保となる資産がない賃借人でも資金調達が容易であったことも考えられる。これに加えて、国際会計基準(IFRS)では賃貸借契約期間の固定賃料を貸借対照表に計上しなくてはならず、結果として自己資本比率が大きく減少してしまうが、これまでの日本の会計基準では貸借対照表計上が不要であるため、固定賃料の賃貸借契約を締結することが資金調達上不利にならないことも大きな理由といえるだろう。
オーナーとオペレーターの利益相反
注意すべきはHMCではオーナーとオペレーターの間で利害が必ずしも一致しない場面が存在することだ。「当該ホテルから高いリターンを得る」という長期的目標において思惑は一致するが、そこに至るための方向性が双方の立場で異なるからだ。オーナーの場合はホテル運営収益ないしホテル資産の価値向上を最優先するのが一般的だ。対してオペレーターは宿泊客の満足度を向上させ、ブランド価値を中長期的に高めることを重視する。例えば、ある外資系高級ホテルで開業直後の稼働率が伸び悩んだとする。この場合、オーナー側は「低稼働率なので客室単価をディスカウントしてでも宿泊客を多く取り込みキャッシュを稼ぐべき」と考えるが、当の外資系オペレーターは「安売りはブランド価値を棄損するため、稼働率が低くても現状の客室単価を維持する」ことにこだわる。このような利益相反のケースは他にも考えられる。まだ傷んでいない内装でもブランド基準に従って一定周期で交換しなくてはならない」というオペレーターの運営ポリシーと目先の費用対効果を重視するオーナーの考え方は必ずしも一致しない。これらをどうやってバランスをとるのかもHMCに課せられた課題である。