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本稿は、2025年第3四半期末時点の東京オフィス賃貸市場において空室率が劇的に低下している要因について解説しています。JLL日本ではオフィスのみならず、物流施設や商業施設(リテール)、不動産投資市場、環境不動産など、多種多様な定期レポートを発表しています。ご興味のある方は下記をご覧ください。

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空室率が0%台へ

東京オフィス賃貸市場の空室率低下が著しい。JLLが調査対象にしている東京都心5区のAグレードオフィス※の2025年第3四半期(9月)末時点の空室率は0.9%を記録。空室率0%台はコロナ前の2019年(0.6%)、“不動産ミニバブル”と言われた2006年(0.6%)以来である。

2025第2四半期末時点の空室率は2.5%だったが、第2四半期から1四半期(3カ月)で空室率0%台へ…まさに「空室枯渇時代」が到来した形だ。

JLLが定義する東京Aグレードオフィス

  • 延床面積:30,000㎡

  • 基準階床面積:1,000㎡以上

  • 竣工年:1990年以降

  • 都心5区:千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区

長年、東京オフィス賃貸市場を観測してきたJLL日本 リサーチ事業部 シニアディレクター 大東 雄人は「JLLの予測をはるかに上回る速度で空室が消化された」と驚きを隠せない。

空室率の急速な低下に伴い、賃料水準の上昇幅はさらに拡大している。2025年第3四半期末時点の東京Aグレードオフィスの月額坪当たり平均賃料は37,042円。前年比7.5%増となった。

サブマーケットに目を向けると賃料上昇が顕著なのが丸ノ内/大手町、新宿/渋谷だ。前者が12.8%増、後者が12.3%増と“二桁増”を記録。丸ノ内/大手町の空室率に至っては0.1%と「ほぼ空室がない状態となり、値上げラッシュが始まっている」(大東)という。

ちなみに、この2エリアと比較すると空室率が高止まりしていた六本木/赤坂も空室率1.4%にまで回復している。

「竣工以来、空室を抱えていた『麻布台ヒルズ』の入居テナントが明らかになったことでエリア全体の空室率がこなれてきたのがその理由だ」(大東)

オフィス賃料データ
●東京Aグレードオフィス市場の賃料・空室率(2025年第3四半期末時点)
エリア 賃料(共益費込) 空室率
円/坪 前四半期比 前年比 2025年9月末 前四半期比
東京都心5区 37,042 2.4% 7.5% 0.9% -1.6%
丸ノ内/大手町 48,142 4.7% 12.8% 0.1% -0.6%
六本木/赤坂 36,848 3.8% 8.2% 1.4% -1.5%
新宿/渋谷 34,139 3.5% 12.3% 1.0% -0.8%

出所:JLL日本 リサーチ事業部

空室の消化が進む理由

空室率の低下が進む理由は何か?

大東は「複数の要因が重なったため。特に建築費の高騰で将来の新規供給計画が見直されたことが大きい」と指摘する。以下、主な要因を分析してみた。

中野サンプラザと中野駅周辺

再開発計画の見直しが発表された「中野サンプラザ」(2020年当時) 画像提供:PIXTA

要因1. 建築費高騰などを背景にした新規供給計画の見直し


建築資材の高騰と人的リソース不足が重なり、オフィス建築費が高騰し続けており、事業性の観点から計画自体を見直す動きが顕在化。「中野サンプラザ」再開発など、すでに計画の見直しを発表する事業者も出ているなか、JLLが調査した新規供給量も変化している。

2025年に竣工(予定)した8棟のAグレードオフィスは2025年第1四半期末時点で、すでに入居テナントの成約が進み、空室率の低下が継続。既存ビルにもめぼしい空室が見当たらないことから2026年に供給予定の約400,000㎡に需要がシフトしていた。そして、予測していた2028年、2029年(2年平均)の新規供給量は過去最高の800,000㎡を記録した2003年を凌駕する見込みだった。

しかし、建築資材の高騰や人的リソース不足などを背景に、計画自体を見直す動きが顕在化しており、2025年第3四半期末時点の調査では2028年の供給量(予定)は460,000㎡、2029年は760,000㎡となり、2年平均では610,000㎡に当初想定を大幅に下回る数値となっている。

大東は「2028年の供給量(予定)が大幅に減少しており、もはや“大量供給”とは呼べない水準にまで落ち着いている。一方、2029年の供給量は760,000㎡もあるが、これから計画が見直される可能性もある。将来予定されていた新規大量供給を移転先と想定していた企業にとっては当てが外れた形になり、移転計画を前倒しするケースなど、足もとで需給が逼迫している要因の1つだと考えられる」と指摘する。

すでに、足もとではめぼしい空室を確保するのが難しくなっており、2028年竣工予定プロジェクトにまで移転需要は波及しており、募集賃料のさらなる値上げの動きも見られ始めているという。

「月額坪当り60,000円を超えて、一部の新規供給物件で坪当り70,000円に達しても驚きはない」(大東)

東京Aグレードオフィスの供給量と空室率に関する図表

東京Aグレードオフィスの新規供給量と空室率の推移。2028年に予定されていた供給量が大幅に減少している 出所:JLL日本 リサーチ事業部

要因2. 出社回帰の本格化によって急拡大する床需要


コロナ収束後、出社回帰に舵を切る企業が増加したことは論を俟たない。東京都が2025年3月に実施した「テレワーク実施率調査」によると、テレワーク実施率が44%となり、前月比で4.4ポイント減少した他、テレワーク実施社員の割合も34%から27%へ減少するなど、出社回帰が進んでいることがわかる。

こうした流れを受けて、本社オフィスを維持しながらも床を借り増す企業が現れていることも、空室率が急激に低下した要因の1つに挙げられる。例えば、「赤坂トラストタワー」への純拡張を発表したLINE ヤフーがその代表格といえる。テレワーク制度そのものを廃止する、もしくは週当たりの出社回数の下限を設定することで、出社する社員数が増加し、既存オフィスでは収容できなくなり、館内増床しようにも空き区画がないため、新規床を借り増すケースが見られている。

要因3. 二次空室が出てこない市場環境


人材採用を視野に入れたオフィス環境の整備、出社回帰の本格化などがオフィス需要に直結しているが、移転によって空室が生じた場合でも既存テナントの拡張意欲が強く、ビル側が館内営業で早期に埋め戻すことで、二次空室が市場に出ないのも空室率低下の要因とされる。

大東は二次空室が顕在化しない理由について人手不足と建築費高騰を受けて退去時の原状回復工事の遅延を挙げる。

「建築現場の人手不足が深刻化しており、新規オフィスビルの入居工事でさえ順番待ちの状態になっているなか、原状回復工事にさける人員を確保するのが難しくなっている。テナントがオーナーに退去通知を出してから原状回復工事に1年以上かかるケースもあり、入居可能な状態になるのが2年先となれば、オーナーは焦ってテナントを募集していない点も今回の特徴だ」(大東)

要因4. 人材獲得競争の激化


人口減少社会に突入した日本では労働力不足が顕在化しており、業種を問わず人材不足に頭を悩ます企業が続出。いかに優秀な人材を採用し、長期雇用を維持するかが課題となっている。従前は企業の人事戦略と不動産戦略は別物と扱われてきたが、オフィス環境が社員のエンゲージメント向上に大きく寄与することが知られるようになり、人事戦略の一環でオフィス環境を整備する企業が増えている。オフィス需要を底上げする要因になっている。

オフィスビルが集積する千葉県・幕張エリア

2006年の不動産ミニバブル期に東京から滲み出したオフィス需要の受け皿になった千葉県・幕張エリア 画像提供:PIXTA

空室率0%台を記録した2006年、2019年、2025年を比較

2025年第3四半期末に空室率0%台に達したが、冒頭で触れた通り、2006年と2019年にも空室率0%台を記録しているが、大東によると「2006年、2019年、2025年ではそれぞれ床不足に対する認識が大きく異なる」という。

2006年の状況


「六本木ヒルズ」が竣工し、過去最高の大量供給と二次空室が発生したことで空室率は7%超に達した2003年。しかし“不動産ミニバブル”が到来したことで空室率も一気に低下。2004年-2006年まで賃料が急上昇し、2007年の賃料水準は坪当り52,000円に達しようとしていた。

大東は「当時は外資系金融機関の日本進出が相次いだことで、膨大なオフィス需要が発生し、賃料水準を引き上げた。都心部の賃料水準についていけず、まとまった空室を確保できなくなっていたため、東京・町田や横浜・みなとみらい21地区、千葉・幕張などの郊外にオフィス需要が波及するほどだった」と振り返る。

2019年の状況


2020年の東京五輪開催(コロナ禍の影響で2021年開催)に向けて2018-2020年の3年にかけて新規大量供給期となったが、2020年の大量供給と、五輪開催後の景気後退が危惧され、2006年、2025年のような空室に対する“飢餓感”は市場からは感じられなかった。

それに加え、2020年にコロナ禍に突入したことで、テレワークシフトに伴うオフィス床を返す動きが顕在化。汐留から富士通が床を返却するなど、汐留などの一部エリアで二次空室が発生し、ジワジワと賃料下落に反転した。

2025年の状況


2025年(500,000㎡)、2026年(400,000㎡)の大量供給に加え、2028年、2029年も多くの供給が予定されているものの、上記の複数の要因が重なり、2019年よりも空室に対する飢餓感が強い状況といえる。

大東は「2025年はもとより、2026年竣工物件も内定が進み、将来的なオフィス需要は2028年の竣工物件へ飛び火しつつある。将来の供給量に対する捉え方は2006年当時を想起させる」と指摘する。

タイトな需給に対する切迫感を象徴するように、従前都心部に比べて空室率が高止まり傾向にあった湾岸エリアの物件も急激に稼働率が上昇し、早期満床に至るケースがあちこちで見られる。例えば、2025年2月に竣工した「BLUE FRONT SHIBAURA(Tower S)」。JLLの調査では2025年第1四半期末時点で当該物件は4割弱の空室を抱えていたが、2025年第3四半期末時点の空室率0%となっている。また、未稼働状態だった「晴海プライムスクエア」を大手コンサル会社が借り増すなど、現在では満床に至っている。

2026年以降の東京オフィス賃貸市場の展望

このように、2025年の新規大量供給を消化し、その潜在需要は2026年、さらにその先の2028年にまで滲み出している。

JLLでは2023年第3四半期末時点の状況を踏まえて、2025年以降のオフィス賃貸市場について次のように予測している。

東京Aグレードオフィスの賃料水準と空室率に関する図表

東京Aグレードオフィス市場の空室率と賃料水準の推移 出所:JLL日本 リサーチ事業部

2025年第4四半期末時点の空室率は0%台を維持し、開発プロジェクトの延期・見直しによる供給予定量の減少で、2028年末まで空室率0%台を維持すると予測。現時点で2029年は大量供給されるため、空室率1%へ上昇すると予測するが、今後2029年の再開発プロジェクトが延期・見直しされる可能性もあり、需給バランスが逼迫した状況は2029年まで続きそうだ。

それを受けて、賃料の上昇幅が拡大し、2029年末時点の賃料水準には月額坪当り44,000円に達すると予測する。それでも大東は「控えめな見通しかも知れない」と語る。

こうしたオフィス市場予測を受けて、大東はテナント企業の今後のワークプレイス戦略について次のようなシナリオが考えられそうだ。

1. 都心部から郊外、周辺都市へオフィス需要が波及


コロナ禍で一気に定着・拡大したリモートワークの課題が噴出し、現在は出社回帰が本格化するなか、オフィス床が枯渇したことで短期間のうちに再度リモートワークに戻す可能性は極めて少ない。

そのため、大東は「出社しやすい都心部の好立地物件から空室がなくなり、都心湾岸エリアの空室率も大幅に低下しているなか、オフィス需要は更なる郊外へ波及していくだろう。すでに晴海エリアでは賃料水準が上がり始めており、例えば品川シーサイドや天王洲などへ目を向けるテナント企業が出てくる。その後、東京周辺の都市…みなとみらい21地区や幕張などへ段階的に需要が滲み出していくことも考えられる」とする。

2. オフィス需要が地方都市へ

東京周辺都市へのオフィス需要が喚起される可能性はありえるが、では、大阪や福岡などの地方オフィスでも需要が拡大している。

東京で激化の一途を辿る人材獲得競争から離脱し、東京よりも若者人材を採用しやすい福岡や京都に進出する企業も少なくない。福岡に本社機能の一部を移転したジャパネットホールディングスや、人材採用を目的に福岡拠点を開設したマネーフォワードなどの事例もあり、かつ大阪・梅田地区や福岡・天神地区のように東京都心部で供給されるようなハイスペックな大規模複合ビルの開発が進んでいる。東京と遜色のない執務環境を提供できることも大きい。

3. フレキシブルオフィスの需要増


タイトな需給環境によってオフィスの移転・拡張もままならない状況下、一般的な賃貸借契約ではなく、より柔軟な契約形態で利用可能なフレキシブルオフィス(コワーキングスペース、サービスオフィスなど)の需要がこれまで以上に高まりそうだ。

特にコワーキング型のフレキシブルオフィスは大区画化が進み、チーム単位・事業部単位で広大な執務スペースを確保することができる。需給が逼迫する現況下においてこそ、その真価を発揮するのではないだろうか。

東京のオフィスエリアを望む親子連れ

2030年以降の東京オフィス市場の見通しは明るい?(画像はイメージ) 画像提供:PIXTA

空室枯渇時代は2030年以降も続くのか?

最後に、2030年以降のオフィス市場の需給状況はどうなるのだろうか?

賃料のアップサイドが見込めるオフィスは不動産投資市場において非常に魅力的な投資対象となっており、2025年上半期の国内投資市場のセクター別投資割合で50%超を記録した。こうした状況を受けて、今後新規開発が増えればいいのだが、大東は「新規開発はコスト負担が重く、何より完成まで時間がかかるため、投資家は既存オフィスの取得により注力されていくだろう」と指摘する。

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「2028年、2029年に供給予定だった開発計画が2030年以降に見直すケースがあるが、必ずしも完成を迎えるとは限らない。物価上昇と人口減少が進み、建築費の高騰は避けられない。供給サイドにはこうした状況を好転させるようなめぼしい材料が現時点では見当たらない」(大東)