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佐藤
JLLではサステナビリティ情報開示基準(以下、SSBJ基準)の影響とその対応策について議論した対談記事を2025年7月に発表しましたが、大きな反響がありました。SSBJ基準の詳細は下記に譲りますが、2027年3月から段階的に適用企業が拡大していき、将来的には中小企業も対象になる見込みとなり、多くの企業が対応を迫られている状況といえます。前回の対談では移転プロジェクトをはじめとするオフィスセクターへの影響について議論しましたが、今回は海外展開を推進し、国内外に不動産ポートフォリオを保有する日系企業への影響についてJLLの専門家3名で座談会を開催します。参加者は国内外の投資家・企業のサステナビリティ戦略を多角的に支援しているJLL日本 エナジー&サステナビリティサービス事業部(以下、ESS) 事業部長を務める松本 仁さん、日系企業の不動産ポートフォリオ管理を支援しているJLL日本 インテグレーテッド ポートフォリオ サービス事業部(以下、IPS)の事業部長である高橋 貴裕さん、そして、日系企業の海外進出を包括的に支援しているJLL日本 サプライチェーン&ロジスティクス コンサルティング事業部(以下、SCLC)の事業部長の森元 庵平さんです。

関連記事:【シリーズ対談1】SSBJ基準への対応策を考える - オフィス仲介編」

●SSBJ情報開示基準とは?

SSBJ基準は企業が直面するサステナビリティ関連のリスクと機会を開示することにより投資判断の材料となるものである。サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2025年3月に情報開示基準の最終版を公表した。2027年3月期から時価総額3兆円以上の東証プライム上場企業を対象に適用開始され、2030年代にプライム市場全上場企業の適用を見込んでいる。不動産業界については省エネや節水・廃棄物量削減の強化、グリーンビルディング認証・エネルギー格付認証の取得などに期待がかかる。

 

※SSBJ基準について詳細情報は下記記事を参照

JLL記事「SSBJサステナビリティ開示基準とは?」

JLL日本 高橋 貴裕

国内外の不動産ポートフォリオ管理など、日系企業のCRE戦略を全般的に支援しているJLL日本 インテグレーテッド ポートフォリオ サービス事業部長 高橋 貴裕

高橋
IPSでは、オフィスをはじめ、工場・物流施設、研究開発拠点(R&Dセンター)といった特殊用途も含めて、一般事業会社のコア事業に必要な不動産インフラに対して、個々の物件のみならず、グループ会社なども含めた国内外に点在する不動産をポートフォリオ全体で効率的に管理する体制づくりを支援しており、クライアントにとって最適なCRE戦略を実行できるようにアドバイスしています。

IPS事業部による大手航空会社の海外CRE戦略支援事例はこちら

森元
事業用不動産に関して網羅的にサービスを提供しているJLLにあって、SCLCは唯一不動産に特化していない事業部です。製造業や物流業、小売業などの日系企業が国内外に拠点を立ち上げる際に、サプライチェーン戦略に基づく拠点配置計画の策定から各拠点に最適なオペレーション体制の構築まで一気通貫でサポートしています。ここ数年はIPSやJLLの現地チームと協働して、主に日系メーカーを対象にした海外進出支援に注力しています。

SCLC事業部による日系ヘルスケアメーカーのインド進出サポート事例

日系企業の事業体制がサステナビリティ戦略の浸透を阻害

松本
グリーンビルディング認証の取得支援や不動産の省エネ診断サービスなどを通じて、企業や投資家のサステナビリティ戦略の実行支援を行っているのがESSです。前回の対談記事でも説明した通り、昨今は一般事業会社のサステナビリティ意識の高まりを受けて、オフィス移転プロジェクトをはじめとする不動産戦略をSDGsやESG投資の視点から支援しています。JLLの他事業部とは幅広く協働する機会が急増していましたが、SSBJ基準の公表後から、そうした傾向はより顕著になっているように感じられます。IPSやSCLCと連携した統合型のソリューションに関心を持つクライアントも少しずつ増えてきました。

ESS事業部による大手化粧品メーカーのグリーンビルディング認証取得サポート事例

高橋
IPSの事業活動に限定すると、クライアントからサステナビリティについて相談されること自体が従前では珍しいことでしたが、おっしゃる通り、そうした状況が変わるかもしれませんね。従前の日系企業の組織的な特徴として事業部ごとの独立性の強さが挙げられます。さらに親会社と子会社・グループ会社、もしくは海外の現地法人に対して企業ガバナンスの課題については長く指摘されている状況が続いています。サステナビリティ戦略はグループ全体で横串を刺して取り組むべきものなのですが、組織間の連携が必ずしも十分でない場合があるため、サステナビリティに関する取り組みが専門部署に一任され、IPSやSCLCのクライアントである不動産を管理する総務部や海外進出を担う海外事業部が自発的にサステナビリティ施策を推進する組織体制には必ずしもなっていない状況が多く見受けられます。

森元
SCLCも同様です。クライアントには日系企業の製造・物流本部が多く、同部門が海外進出・展開をする際に拠点を構築する主体部門になっています。製造・物流本部の主な業務は現地での事業展開を迅速に行うための拠点づくりとオペレーション構築になり、サステナビリティ戦略を所管する経営管理などのコーポレート部門が取り決めたESG要件などを遵守しながら拠点構築を行うことがファーストプライオリティになります。それゆえ、ESG要件については数ある拠点構築プロジェクトのひとつの要件としてとらえる傾向があり、結果としてクライアントからご相談いただく際にサステナビリティに関連する直接的な相談をいただくことが少ない状況が続いていました。

高橋
経営層を中心にサステナビリティに対する意識は急速に高まっています。そのニーズも強く感じており、実際にサステナビリティ専門部署を立ち上げるケースも少なくありません。しかし、サステナビリティ専門部署が存在するからこそ、実際に物件を調達し、現地拠点のオペレーション体制を管理監督するCRE・海外事業部は事業部の独立性を尊重し、サステナビリティは自分の業務外という意識を持つことになります。「指示があれば協力するが、専門部署を差し置いて自分たちがリードするわけにはいかない」という日本らしい考え方の影響とも言えますし、実際にはサステナビリティ部門から明確な指示がでていないので身動きが取れないというケースも少なくないようです。

タイの環境配慮型オフィスビル

外資系企業は全社的にサステナビリティ戦略を推進

松本
グローバル本社による企業ガバナンスが徹底している外資系企業とは大きく異なり、独立性を尊重する組織構造のため、日系企業は横串を刺した全社的なサステナビリティ戦略を実行しにくいということでしょうか?

高橋
そのように感じるところがあります。一方、外資系企業は海外の現地法人を含めて一括管理する「グローバルCREマネジメント」を30年以上前から実践しており、経営層に直結した専門部署が全社的にCRE戦略を推進する体制を構築しています。これはCREだけなく、サステナビリティも同様で、グローバルで統一した基準が整備されているので全社的にサステナビリティ戦略を実行することができるのです。私の記憶に鮮明に残っているのが、2010年頃の外資系金融機関のオフィス移転プロジェクトであり、その当時から移転先の選定基準に入居ビルのサステナビリティ性能が含まれていたことに驚かされました。

JLL日本 森元 庵平

国日系企業の海外進出に向けた拠点戦略やサプライチェーン戦略の策定などを支援しているJLL日本 サプライチェーン&ロジスティクス コンサルティング事業部長 森元 庵平

森元
そもそも、サステナビリティは欧米が主導して枠組みを整備した背景があり、先駆的に海外進出を進めてきた欧米グローバル企業のようにトップダウンでサステナビリティ戦略を推進していく状況に至っていない日系企業も多く、どうしても後発にならざるを得ないように見受けられます。

松本
確かに、JLLも含めてグローバル展開する外資系企業はサステナビリティに関する基準や取り組みをグローバル指針として明文化しているのが当たり前になっています。とはいえ、日系企業もその重要性に気づき始めているのではないでしょうか。数年前にESSでグローバル展開する日系企業の国際グリーンビルディング認証取得をサポートしたことがあるのですが、JLLが認証取得を提案した当初の反応は「念のため取得しておく」程度でした。しかし、SSBJ基準の公表後に当時の担当者とお話した際「取得していたよかった」と安堵されていました。国際的なビル認証かつ高ランクを取得されていたので「SSBJ基準に適用するための“カード”になりえる」というのがその理由と考えています。

サステナビリティに対する部署ごとの意識差が課題

森元
実際、日系企業は法令意識が高く、海外拠点も現地の環境規制を遵守するため、海外工場の電力契約を再生可能エネルギー由来に切り替えられた日系企業も存在します。グローバル展開する日系企業の多くはサステナビリティ関連の取り組みを対外的に公表しているので、物流・製造分野においては忠実にサステナビリティ対策に取り組んでいるのでしょう。特に、物流関連企業は輸送費の削減や平均輸送時間をいかに短縮するかが喫緊の課題となっており、トラックから鉄道・船へのモーダルシフトによるカーボンフリーなどに注力するようになっています。ただし、日系企業の進出が目覚ましいインドや東南アジアといった新興国では高度な環境対策が求められておらず、高効率な省エネ設備も容易に入手できないといった事情もあり、その取り組みは進出先によって大きく異なります。

太陽光発電システムを導入した海外の工場

高橋
森元さんは日系企業の海外拠点でのサステナビリティ対策を高く評価していますが、私の視点では発展途上といえます。どちらの意見も正解だと思いますが、意見が異なる理由は単純に断片的に捉えているからです。SCLCの事業対象である工場や物流施設でサステナビリティ対策が進んでいるのは製品開発などのコア事業に直結していますが、IPSのクライアントはコーポレート部門(総務部・不動産管理部門など)になり、本社オフィスなどの主要拠点のサステナブル化を推進する段階で、海外拠点まで注力するためにリソースが割けないのかもしれません。

松本
担当部署によってサステナビリティ対策に大きなばらつきがあるということですね。お二人の捉え方が異なることが日系企業のサステナビリティ戦略が発展途上であることを端的に示しているように感じられますね。

高橋
少し視点が異なる話になりますが、ある日系企業のご依頼で、海外に主要拠点を開設するための基本仕様を明確化するためにグローバルスタンダードを策定したことがあります。従前、日系企業は言語問題などもあり、現地法人の意思決定が尊重されてきましたが、過剰な賃料負担が生じるなど、様々な課題が顕在化していました。グローバルの統一基準を策定することでこうした課題を解消することができますが、欧米グローバル企業は数十年前から実践しています。日系企業がようやく取り組み始めた状況にありますが、この統一基準にサステナビリティ関連の要件は含まれていないことが多いようです。この点について日系企業は危機意識を持つべきポイントだと考えており、20年以上前から全社的にサステナビリティ戦略に取り組んでいる欧米グローバル企業との差を埋めるのは容易ではないでしょう。SSBJ基準が上場企業に適用され、その取り組み状況を有価証券報告書に記載されるようになれば企業価値に直結し、グローバル競争において、この差が日系企業にとって不利に働く可能性は大いにありえます。

JLL日本 松本 仁

グリーンビルディング認証の取得支援、省エネ診断をはじめとする多彩なサステナビリティサービスを提供しているJLL日本 エナジー&サステナビリティサービス事業部長 松本 仁

日系企業の意識啓蒙を図るために必要なこと

佐藤
日系企業の意識啓蒙をいかに後押ししていくかが重要だと感じましたが、JLLとしてはどのように支援していくべきだと考えますか?

松本
やはりJLLの部門同士がより強固に連携してサステナビリティ施策を含めた包括的なソリューションを提供してくことが重要なのではないでしょうか。従前、ESSに寄せられる相談はグリーンビルディング認証の取得支援コンサル業務や省エネ診断が主でしたが、グリーンビルディング認証の取得要件に落とし込んで製品自体の環境性能を周知するといったマーケティング施策の相談を受けるケースも出てきました。SCLCのビジネスモデルに似たような、不動産とは異なる基幹ビジネスに対してもESSのノウハウを活用いただける場面が拡大しています。

佐藤
SSBJ基準では、産業別ガイダンスに従って開示内容を自ら設定する必要があるとのことですが、具体的な取り組みはどのようなものになるのでしょうか?

松本
自社で設定したESGに関するマテリアリティ(重要課題)に対して、定量的な根拠をもって達成時期や取り組み内容を策定することが最初の一歩になります。その取り組みがマテリアリティの「評価」・「優先付け」・「重要性の判断」を経ていかに解決に寄与しているのか自ら記録し、その過程を有価証券報告書・統合報告書・サステナビリティ報告書・ホームページなどで情報開示します。その開示内容によっては「環境対策が不十分」と判断された企業は投資家が離れていく可能性が高まり、結果として市場から淘汰される…これがSSBJ基準の目的の一つといえます。

高橋
目標設定と情報開示に向けて、社内で議論を深化していく必要がありそうですね。

松本
これまではサステナビリティの根幹となるマテリアリティの特定とそれに対する戦略策定については大手経営コンサル会社がアドバイスすることが多かったのですが、SSBJ基準が公表されたことで戦略立案フェーズから実行フェーズに移行したにもかかわらず、不動産・ポートフォリオ管理や改修といったサステナビリティ施策の実務面での支援まで行き届いていないという点において悩みを抱える企業も出てきています。複数のコア事業を抱える企業も多く、海外の現地法人のガバナンスが取れていないケースもありえます。グローバル展開するならSSBJ基準のみならず、SSBJ基準は連携しているとされているものの実担当レベルではその差を埋め合わせる作業も大きいと言われるISSBやEUタクソノミーをベースとしたESRS/CSRDなどにも対応する必要があり、そのような国内外に広く展開する日系企業はどのように対策をまとめるかが大きな悩みどころになるでしょう。まずは、SSBJ基準に対応するための情報整理を行い、形だけのサステナビリティ専門部署ではなく、横串を刺して全社的にサステナビリティ施策を推進する体制を構築することが必要です。

森元
海外進出においてグローバルで日系企業を支援できるのはJETRO(日本貿易振興機構)や総合商社が挙げられますが、現地不動産のサステナビリティ対策などの実務面まで包括的に支援できる企業は限られています。手前味噌になりますが、世界80カ国で事業展開するJLLのような総合サービス会社を活用して、よりサステナブルな形で海外進出を進めていくことを本格的に検討するタイミングともいえそうですね。

松本
JLLではオフィス移転プロジェクトなどでは包括的なサステナビリティ対策が必要であることを提案し、すでに成果を上げ始めています。不動産を管理する部署だけではサステナビリティ対策を打ち出すことができないので、JLLがクライアントの担当部署と協働してサステナビリティ専門部署や経営企画室などを巻き込んで、包括的なプランを提案・実行支援をしています。その結果、あるクライアントはオフィス移転時にグリーンビルディング認証の取得をより高ランクに見直すケースがありました。経営層があらゆる事業に紐づけてサステナビリティ施策を重視する傾向が強くなっていることを示唆しています。

森元
「省エネ対策」だけ一面的に提案するだけではなく、JLLとしては経営戦略の一環としての不動産戦略(CRE)や海外進出事業にサステナビリティを組み合わせたパッケージ型のソリューションを提供し、クライアントを支援していくことが求められそうですね。

松本
実際に、サステナビリティを切り口にした不動産ソリューションに対する関心やニーズが増しているのですが、そうしたパッケージ型のソリューションが存在することが知られていないのが課題ともいえます。

サステナビリティ施策を含めた包括的なソリューションのご相談はJLLへ

佐藤
ここまでのお話をまとめると、日系企業の海外進出における拠点計画や不動産ポートフォリオ管理ではサステナビリティに関する包括的な取り組みは限定的でしたが、SSBJ基準が登場してきたことで、その流れに変化の兆しが見えてきました。JLLでも不動産単体の省エネ施策に対する顧客ニーズよりも、例えばオフィス移転プロジェクトに象徴される企業のCRE戦略にサステナビリティ(グリーンビルディング認証取得など)に関する支援を求められたり、環境配慮型製品のマーケティング強化を目的にESSに相談が寄せられるようになっています。こうしたニーズの変化を受けて、JLLでは経営戦略としてのCRE事業や海外進出事業にサステナビリティ施策を組み込んだ統合型のソリューションを提供できるような体制を強化し、クライアントの最適なサービスを提供しています。SSBJ基準に関する質問や効果的な対応策などのご相談がございましたら、JLLまでお問合せください。

本日はお忙しい中、ありがとうございました。