オフィスの移転は一定頻度で求められてきます。
働き方やオフィスへの要望などが大きく変わる中で、新しいオフィスの姿が強く求められていますが、一方で、内装工事費はこの数年で大きく上昇し、当面大幅に下落する見込みはありません。
また、現オフィスに入居した時点で資産除去債務(原状復旧工事費相当)を計上して賃借期間中に償却してきていますが、実施段階が近づき見積もりを再取得したところ当初金額から大幅に増額となってしまった…というケースが非常に多く見られます。
移転先の賃貸借契約は締結済みで、内装工事も発注した後だとしたら、そちらをキャンセルして現オフィスに居残るという選択肢はありません(実際には出社人数の大幅変動、事業の利便性などの理由で移転を決めたことでしょうから、現オフィスに残留するという選択肢は会社としては検討の余地がないと考えられます)。
そこで、一つの解決策として、現内装をそのまま使ってもらえる(いわゆる「居抜き」)後継テナントを探すということが考えられます。
ロケーション、面積、タイミング、使い方など多くの要素があるため、右から左というわけにはいきませんが、うまく諸条件が合致する後継テナントが見つかった場合、会計と税務にどのような効果・影響があるかを具体的な数字を使って検証していきます。
なお、本稿は全体像を把握するためのものです。実際に検討する際には、監査法人等に確認してください。
※日本会計基準のリース会計は2027年4月以降開始する事業年度以降新基準となりますが、以下のシミュレーションは現行基準に基いて作成しています。また、消費税等は考慮していません。
1. 前提条件(当初の条件、直近の条件)
(1)対象物件
①賃借面積:1,000坪
②賃借期間:10年間定期借家(2017年4月から2027年3月まで)
③賃借料単価:@30,000円/月坪
④月額賃借料:30,000千円/月
(2)入居時内装工事
①工事費単価:@400千円/坪
(ア)内装工事費:400,000千円
(イ)うち、資産計上:240,000千円
②原状復旧工事
(ア)当初見積単価:@150千円/坪
(イ)当初見積額:150,000千円
⇓
(ウ)直近見積単価:@400千円
(エ)直近見積額:400,000千円
③割引率:2.0%
■資産除去債務の会計処理について
本論の比較検証に入る前に、内装工事費・資産除去債務はどのように会計に反映されるかを確認しておきます。
①内装工事費
内装工事については、費用として一括処理するものと資産計上して減価償却していくものに分かれます。資産計上する個々の造作、物品の耐用年数については国税庁が定めています(本資料では、40%を費用化、60%を資産計上とし、平均耐用年数を賃借期間と同じ10年間として定額法で償却するとしています)。
②資産除去債務
原状復旧工事実施予定時の工事見積額の割引現在価値を当期の資産除去債務として負債計上し、同額を固定資産(建物)として資産計上します。資産除去債務は1年経過するごとに割引額が減ることで徐々に増加していき、その差額分を利息費用として損益に反映させます。また、資産計上された固定資産は定額法で償却していきます。
2. 会計面の効果・影響
a.現テナントへの効果・影響
では、実際にどのような数値推移になるかを見ていきます。
※関係項目だけを表示しているため、バランスしていません
当初数値による損益推移
以上のように、10年間の内装関係の費用総額は550百万円になります。
現状復旧工事費の増額が最終年度になって判明した場合は、B/Sに数値は反映されず、P/Lに反映され、前記設定では10年度に250百万円(直近見積額400百万円-当初見積額150百万円)の費用増加になり、総費用は800百万円となってしまいます。
一方で、もし内装残置(居抜き)が可能であれば、10年間で費用化してきた150百万円が必要なくなることから、10年度に修正利益計上され、10年間の総費用は400百万円(当初の内装工事費)となります。
つまり、内装残置(居抜き)ができれば、その効果は400百万円(800百万円-400百万円)であることが分かりました。
b.後継テナントへの効果・影響
次に、現テナントが残置した内装を後継テナントがそのまま使用した場合、どのような効果・影響があるかを見ていきます(後継テナントも10年間賃借することとしています)。
現テナントが内装を残置する場合、その所有権は後継テナントではなくビル所有者に移ることになります。残置される内装の価値をどう見るかにより、所有者の税務が変わりますが、その点については後ほど詳述することとし、ここでは論点を明確にするため「譲渡される内装は10年経過して減価償却が終わっているので、無価値」という設定にします。また、後継テナントは現状のまま使用するとして、改修工事費は見込みません。
また、工事費などは次のように現時点で想定される額とします。
【現時点の工事費など設定】
(ア)内装工事費単価:@4800千円/坪
(イ)内装工事費:800,000千円
(ウ)うち、資産計上:480,000千円
(エ)原状復旧工事単価:@400千円/坪
(オ)原状復旧工事見積額:400,000千円
(カ)割引率:2.5%
自社設置の場合
無償譲受の場合
※所有者が譲受けますが、「(後継テナントへの)無償譲受の場合」と表記しています。当初の原状への復旧工事は後継テナントが行うこととしました
後継テナントは、無償で既存内装を使用しますが、退去契約内容によっては退去時に当初の原状に復旧する義務が生じることとなります。資産除去債務については、新規で内装設置した場合と同額が見込まれますが、内装設置工事費の 800百万円の削減が期待されます。また、内装工事期間(仮に3カ月)分入居時期が早まるため、当該賃借料90百万円も削減できるということになります。
3. 税務面の効果・影響
前述の「会計面での効果・影響」では、現テナントの減価償却が終了し、簿価がゼロになった内装の残置について説明しました。税務面での効果・影響の項目では、(1)同様の条件(簿価ゼロの内装残置)のケースと、(2)残存簿価がある内装残置のケースについて検証します。
(1)残置する内装の簿価がゼロのケース
a.現テナントへの効果・影響
現テナントにとっては、償却済(実際は簿価は備忘価額)の資産の贈与となるので、税金は発生しません。
b.後継テナントへの効果・影響
後継テナントは、賃貸借契約に既存の内装が含まれるだけであり、こちらにも税金は発生しません。
c.ビルオーナーへの効果・影響
贈与を受ける資産が償却済であるので、市場価値はゼロであると認識されれば受贈益もゼロで税金はこちらにも発生しませんが、市場価値があると認識された場合は、受贈益が発生するため課税される懸念があります。
(2)残置する内装に簿価が残っているケース
※上記のように、残存簿価を当初簿価の半額の 120,000千円とします。
a.現テナントへの効果・影響
現テナントとしては、もはや廃棄せざるを得ないものであり、原状回復費用をかけずにそのまま置いて退去することが経済的にも合理的と考えられることから、退去者としては簿価が残っていても内部造作の時価はゼロとしてビルオーナーに無償で譲渡しても、寄付金(ないし交際費)課税の問題は生じないと考えられます。
b.後継テナントへの効果・影響
後継テナントは価値があると認められる内装付きで賃借するために、賃借料が多少高くなるかもしれませんが、税務上の問題は発生しません。また、将来退去時の原状復旧義務についても、税金の対象となる懸念はありません。
c.ビルオーナーへの効果・影響
ビルオーナーは価値があると認められる資産の贈与を受けるため、課税が発生します。当該価値については市場性がないため、金額については現テナントの残存簿価を使うことが考えられます。120,000千円の益金に対し課税が生じますが、その後の減価償却費が損金となり、期間を通じた課税額は変わりません。また、後継テナントへの賃料が多少上がったとしても、当該差額に特別な課税は発生しないでしょう。
4. まとめ
以上、内装残置(居抜き)移転の効果・影響について、会計面、税務面で見てきました。
頭書で言及したように、オフィスは働き方などにより柔軟に変えていくことが重要ですが、コストも大きな要素となることから、チャンスがあれば本稿のような内装残置(居ぬき)移転についても検討することを提案します。
後継テナント、ビルオーナーと三位一体で進めることになりますので、信頼できるコンサルタント(仲介会社)に相談することが大切です。