福岡圏物流市場を牽引する鳥栖市
JLL日本の調査によると、2025年第2四半期末時点の福岡圏物流賃貸市場の空室率は3.1%。月額坪当たり賃料は3,551円、前年比3.2%上昇。Eコマースの需要増や食品物流の拡大が見込まれ、今後も需給の逼迫が続くと予想されるなど、活況を呈している。
特に賃料上昇率は過去10年で東京、大阪を凌ぐ勢いを見せており(図1)、その外周部に位置するサブマーケットである鳥栖エリアがその成長を牽引した。鳥栖市はEコマースの拡大や九州の半導体工場の建設、そして九州自動車道と長崎自動車道の結節点という地の利を活かし、九州全域への広域配送拠点として九州屈指の物流集積地へと発展を遂げている。
図1 出所:JLL
福岡・鳥栖に続く物流集積地として期待される“キタキュウ”
Eコマース需要増などを受けて、福岡圏物流市場はコロナ禍に需給が逼迫、空室率0%が続いた時期があった。そのため、一大消費地である福岡市近郊と、九州全域への広域配送拠点と目される佐賀県・鳥栖市にマルチテナント型の大型物流施設の開発が次々と進んだ。今後も両エリアでは新規供給が続くことになる。
現状、福岡圏物流市場における2つのサブマーケット…福岡を追随する鳥栖という図式が成立しているが、ここに割って入りそうな物流適地として、JLLが注目しているのが北九州エリア(北九州市および隣接する苅田町)…通称“キタキュウ”である。
キタキュウが注目される2つの理由
なぜ、“キタキュウ”なのか?
九州の物流市場に詳しいJLL日本 福岡支社 ロジスティクス&インダストリアル リーシング事業部 黒川 拓磨は2つの理由を挙げる。
「1つは陸・海・空すべてを網羅できる輸送インフラの充実度。もう1つは、輸送インフラに支えられ、九州全域のみならず本州までカバーできる地理的優位性だ」
JLL日本 福岡支社 ロジスティクス&インダストリアル リーシング事業部 黒川 拓磨
輸送インフラの充実度
現状、九州全域への陸上輸送を一手に担うのは鳥栖エリアであるが、キタキュウは強みの港湾機能を活かし、国際物流拠点、そして本州と九州を結ぶゲートウェイとしての存在感を高めている。国内上位の取扱貨物量を誇る北九州港は、アジアとの貿易、特に原材料・製品輸送で確固たる地位を確立。東京、大阪、名古屋を結ぶフェリー・RORO船の国内航路が充実していることもあり、国内海上輸送の利便性が高く、トラック輸送から海上輸送に切り替える海運モーダルシフトでは北九州港の利用が拡大している。トラックドライバーの労働環境改善、労働時間短縮も追い風となり、九州の海上輸送は北九州港が主導していくだろう。
このほか、九州で唯一24時間利用可能な海上空港である北九州空港及び国内でも数少ない40ftコンテナ対応の鉄道貨物ターミナルを有す。また、九州自動車道と東九州自動車道、さらに中国自動車道等基幹高速道路の結節点としても機能しており、まさしく陸・海・空を制する交通の要衝であるといえる。北九州空港の滑走路の延長計画、そして本州と九州を結ぶ新たなルート“下関北九州道路”の開発など物流拠点としてのポテンシャルをさらに引き出すための計画も進行中だ。
黒川は「トラックドライバーの年間時間外労働時間の上限が制限される、いわゆる“2024年問題”の対応策として北九州港へのモーダルシフトが可能であったキタキュウでは、かねてより物流施設に対する需要が高まっていた」と指摘する。
地理的優位性
インフラが充実しているキタキュウは輸送拠点としての地位的優位性に秀でている。本州からの“玄関口”であり、九州最大消費地である福岡市への距離的な近さに加え、陸上配送を支える道路や鉄道網を活かし、九州全域のみならず、中国地方までカバーできる。
加えて、熊本県への半導体工場の誘致に代表される“ものづくり”拠点としての九州の台頭も見逃せない。台湾の世界的半導体メーカーであるTSMCが熊本県に巨大工場を新設したのを皮切りに、ソニーやトヨタが新工場の開発を打ち上げた他、日産自動車は2025年7月、横須賀市の追浜工場の生産機能を苅田町に位置する苅田工場へ移管・統合すると発表した。
定期レポート「福岡ロジスティクスマーケットダイナミクス」の共同執筆者であるJLL日本 リサーチ事業部 山田 陽子は「“ものづくり”に欠かせない半導体の製造拠点である九州には、国内外から多くの企業が集積することになるだろう。居住者も増加し、これまで以上に物流施設に対する需要が拡大することが予想できる」との見解だ。
福岡圏物流市場の第三極になりえるキタキュウのポテンシャル
日本経済において九州の存在価値がこれまで以上に高まることが予想される。こうした大きな“うねり”は物流市場にも多大な影響を及ぼすだろう。そうした中、JLLは福岡・鳥栖に続く“第三極”としてのキタキュウのポテンシャルに着目した。
図2 出所:JLL
福岡・鳥栖を上回る賃料水準
既存の大型物流施設の賃料水準は福岡・鳥栖を上回り、唯一の坪当たり4,000円台に達している(図2)。後述の通り、大型物流施設の新規供給物件が少なく競争原理が働いていないという裏事情はありつつも、すでに物流拠点としてのポテンシャルの高さが垣間見える状況といえそうだ。
図3 出所:JLL、総務省
工場・倉庫床面積は福岡を超えるも大型物流施設は不足
一方、供給量はどうか?
福岡・鳥栖・キタキュウの①人口、②商品販売額、③製造品出荷額、④工場・倉庫床面積について比較 したところ、福岡エリアは①人口・②商品販売額で他を圧倒する「最終消費地」としての特徴が浮かびあがる一方、キタキュウは③製造品出荷額が他エリアの3倍程度になり、④工場・倉庫床面積もトップになった。
ただし、④工場・倉庫床面積に含まれる大型物流倉庫の割合を調査すると、福岡エリアは9.8%、鳥栖エリアは11.5%と10%前後だったが、北九州に関してはわずか0.7%に留まる(図3)。床面積ベースでみても福岡は20棟・109万㎡、鳥栖は8棟・51万7,000㎡のストックが存在するが、キタキュウは3棟・9万6,000㎡程度しかない。
JLL日本 福岡支社 ロジスティクス&インダストリアル リーシング事業部 山上 和真
JLL日本 福岡支社 ロジスティクス&インダストリアル リーシング事業部 山上 和真は「それまで“産業の町”という色濃い特徴からか、築年が経過した狭小物件しか存在せず、物流適地とは目されていなかったものの、北九州市が策定した物流拠点構想の影響もあり、マルチテナント型の大型物流施設の開発がようやく顕在化し始めた」と説明する。
2024年には地元企業の戸畑物流が市内最大規模の物流施設を開発・稼働させており、2027年からJR九州や九州電力といった地域基幹インフラ企業による先進的なマルチテナント型物流施設がそれぞれ竣工予定であるとともに、複数のデベロッパーが北九州市と隣接する苅田町での新規物流施設開発を視野に入れている。JLLの調査では、今後2-3年の間に18万㎡の新規供給が見込まれている。
前述したように、行政当局である北九州市は2022年に「物流拠点構想」を策定し、用地確保や開発支援など行政も物流拠点化を積極的に後押しており、今後の市場拡大に向けた強力な追い風になるだろう。
黒川は「日本製鉄が八幡地区の電炉化に多額の投資を行うように、キタキュウは産業地としての特色を維持しつつ、今後は物流拠点として発展する可能性は非常に高い」との見解を示す。
近い将来、「キタキュウ」の名が九州の物流市場に轟きそうだ。