ワークスタイル変革とは?企業が取り組むべき理由
ワークスタイル変革とは、多様な働き方を可能にし、社員の生産性と満足度を高めることなどを目的とした企業の主要な不動産戦略の1つである。
いま、ワークスタイルの変革が求められる背景
企業がワークスタイル変革に取り組む背景は複数の要素が組み合わさっている。
まず、育児や介護との両立など、個人の価値観やライフステージの多様化により、柔軟な働き方へのニーズが急速に高まったことが挙げられる。特にZ世代をはじめとする若い世代は、ワークライフバランスを重視する傾向が強い。加えて急速なDXの進展は、時間や場所にとらわれない働き方を技術的に可能にした。
さらに、少子高齢化による労働人口の減少という社会課題に対して政府が「働き方改革」を強力に推進している点も見逃せない。多様な人材が活躍できる環境を整えることは、企業の持続的成長やガバナンスの観点からも不可欠な要素となっている。
「働き方改革」とワークスタイル変革との違い
ワークスタイル変革に似た用語に「働き方改革」がある。両者はしばしば同義で語られることが多いが、目指すゴールには明確な違いがある。
「働き方改革」は国が主導し、長時間労働の是正や待遇格差の解消といった労働環境の改善を主目的とする。一方「ワークスタイル変革」は企業が主体となり、生産性向上やイノベーション創出を通じて企業競争力を高めることを目的とした経営戦略的な取り組みであるといえる。
ワークスタイル変革が求められる背景には、働き方のニーズやDX、政策、ガバナンスなど複数の要因がある
ワークスタイル変革が企業にもたらすメリット
多様な働き方への対応が求められる現在、これまでの働き方を見直すことでさまざまな効果が期待できる。
生産性の向上
社員が自身の業務内容に合わせて時間や場所を柔軟に選べる環境は、集中力や創造性を最大限に引き出す。通勤による心身の負担が減り、健康で快適な「ウェルネス」な状態が保たれることも個々のパフォーマンス向上に直結する。働きやすい職場を整えることで、社員の自律的な働き方を促し組織全体の生産性を高める効果も期待できる。
コストの最適化
ハイブリッドワークの導入により、1日あたりの出社人数が減ることから、フリーアドレスやABW(Activity Based Working)を導入してオフィス面積を最適化でき、賃料や光熱費といった固定費の削減が可能となる。
優秀な人材の確保と離職率の低下
柔軟な働き方は、ワークライフバランスを重視する社員にとって大きな魅力となる。育児や介護といったライフイベントにも対応しやすく、通勤ストレスからも解放されるため、社員エンゲージメントが向上し離職率の低下につながる。採用市場においても、働きやすい企業として認知されることは大きな競争優位性となるだろう。
企業ブランディングの向上
先進的なワークスタイルを導入し、社員の多様な働き方を支援する姿勢は、「働きがいのある企業」として社会に認知される。このようなポジティブな企業イメージは、採用活動を有利に進めるだけでなく、顧客や投資家からの信頼獲得にもプラスに働き、企業のブランド価値向上に貢献する。
変化に強い組織体制の構築
多様な働き方を許容することは、DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を推進し、様々な価値観を持つ人材が活躍できる土壌を育む。また、リモートワークやサテライトオフィスは、災害時やパンデミック発生時に事業を継続できるBCP対策としても機能する。
多様化するワークスタイルとオフィス環境
多様な働き方を象徴するキーワードは数多い。それぞれの特徴や違いを把握した上で、自社にとって最適な形を選択したい。
リモートワーク/テレワーク
オフィスから離れた場所で、ICT(情報通信技術)を活用して働く勤務形態である。テレワークは「tele(離れた)」と「work(働く)」を組み合わせた言葉で、リモートワークとほぼ同義で使われる。
働く場所は自宅のほか、サテライトオフィスやコワーキングスペース、カフェなど多岐にわたる。このワークスタイルは、通勤時間の削減によるワークライフバランス向上や、居住地にとらわれない優秀な人材の確保に繋がる。一方で、円滑なコミュニケーションや情報セキュリティを維持するためのルールと環境整備が不可欠となる。
フレックスタイム
あらかじめ定められた総労働時間の範囲内で、社員が日々の始業・終業時刻や労働時間を自律的に決定できる制度である。多くの企業では、必ず勤務すべき時間帯「コアタイム」と、いつ出退勤してもよい「フレックスタイム」を設定している。
働く「場所」ではなく「時間」の柔軟性を高めるワークスタイルであり、育児や介護・自己啓発など個人の事情に応じた柔軟な働き方を可能にすることで、社員の満足度向上や生産性向上に寄与する。
ワーケーション
「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語で、おもに観光地やリゾート地などで休暇を楽しみながら働くスタイルを指す。普段の職場とは異なる環境に身を置くことで、心身のリフレッシュだけでなく、新たなアイデアの創出や創造性の向上が期待される。
企業にとっては、社員の満足度向上や新たな福利厚生の形として注目されている。また、アウトドア環境をオフィスとして活用する「アウトドアオフィス」も、同様の効果をもたらす新しい働き方として広がりつつある。
ハイブリッドワーク
ハイブリッドワークはオフィスワークとリモートワークを組み合わせた働き方の総称だ。出社と在宅の割合は、「週3日出社、週2日在宅」のように企業が定める場合や、社員が自律的に決定する場合など様々だ。
オフィスでの対面コミュニケーションとリモートワークによる柔軟な働き方の両立が期待でき、現代の多様なニーズに応える働き方として多くの企業で導入が進んでいる。
ABW(Activity Based Working)
ABWは「Activity Based Working」の略で、仕事内容に合わせて、働く場所や時間を社員が自律的に選択する働き方のコンセプトである。
例えば、集中したい時は個室ブース、チームで議論する際はコラボレーションエリア、ウェブ会議は防音性の高い個室といった使い分けが想定される。
単なるオフィスレイアウトの変更ではなく、社員の裁量を最大化し生産性と創造性の向上を目指す、ワークスタイル変革に欠かせない概念といえる。
フリーアドレス
フリーアドレスとは、オフィス内で社員の固定席を設けずその日の業務や気分に応じて自由に働く席を選べるようにしたオフィスレイアウトを指す。導入目的は、省スペース化によるコスト最適化や、部門を超えたコミュニケーションの活性化など多岐にわたる。
ABWが働き方の「考え方」であるのに対し、フリーアドレスはそれを実現するための「オフィス形態・手段」の一要素である。ABWを実現するためにオフィスにフリーアドレスを導入することが多いが、必ずしもABWと同義ではない。
自社に最適なオフィス形態の判断がつかない場合、多数の実績を持つ専門家に相談するのも良い方法だ。
ワークスタイル変革の6つのステップ
全社員がフルタイムでオフィスに完全出社するスタイルを続けてきた企業にとって、リモートワークやABWの急な導入は簡単ではない。以下のステップに沿って確実に進めていくのが成功のポイントだ。
現状把握と課題の明確化
まずは自社の現状を客観的に把握することから始める。社員へのアンケートやヒアリングで働き方へのニーズを収集するとともに、業務プロセスを分析し、どの業務がリモートワークに適しているかを見極める。さらに、オフィスの稼働率や会議室の利用データを分析することで、物理的な空間の課題も明らかにする。ITインフラやセキュリティ体制の現状評価も、変革の土台として不可欠である。
目標・KPIの設定
明確になった課題をもとに、変革の具体的な目標を設定する。このとき「なぜ変革するのか」という定性的な目的(ビジョン)を全社で共有することが重要だ。
その上で「オフィスコストを〇%削減する」「社員満足度を〇%向上させる」といった定量的な目標(KPI)を定める。これらが後の効果測定やプロジェクトの進捗を客観的に判断する指標となる。
制度設計と環境整備
目標達成に向けて、制度と環境の両面から具体的な施策を決定し実行する。
就業規則や人事評価制度の見直し、勤怠・労務管理体制の整備といった制度面の設計に加え、フリーアドレスやサテライトオフィスといったオフィス環境の準備、円滑な連携を促すコミュニケーションルールの策定、そして安全なリモートワークを支えるITツールやインフラの整備、セキュリティ対策の強化などやるべきことは数多い。リストを作成し確実に実施していこう。
PoC(小規模導入)
本格導入の前に、一部の部署を対象に試験的に導入(PoC)し、課題を洗い出す。対象部署と実施期間、どのような状態になれば成功かという指標を事前に定義しておき、期間中は、参加した社員からアンケートやヒアリングを通じて定期的にフィードバックを収集する。このフィードバックループを回し、本格導入に向けた制度や環境の改善点を見つけることが最大の目的である。
本格導入に伴う意識改革(チェンジマネジメント)
PoCの結果を踏まえて改善策を反映し、全社的に展開する。社員の戸惑いや反発に対処するための啓蒙活動である「チェンジマネジメント」の具体的な施策として、社内広報による丁寧な説明、経営層が率先して実践するロールモデルの提示、新しいITツールのトレーニングなどが挙げられる。
効果測定と継続改善
導入後は、あらかじめ設定したKPIに基づき定期的に効果を測定する。具体的な指標としてはオフィスの稼働率や会議室の予約率・採用応募数や社員定着率・生産性の指標・社員の健康状態などが挙げられる。これらを多角的に分析し、データから浮かび上がった新たな課題に対して運用ルールの見直しや追加の環境整備など改善を行っていく。
急なワークスタイルの変革は社員の混乱や不満を生むおそれがあるため、1つ1つのステップを丁寧にクリアしていく
成功企業に共通するワークスタイル変革のポイント
ワークスタイル変革に成功するために必要な3つのポイントを紹介する。
明確な目的とビジョンの発信
ワークスタイル変革は単なる制度やツールの導入といった表面上の変化ではない。目的が曖昧では施策が形骸化する原因となる。
経営層が「なぜ変革するのか」、「変革によってどのような企業を目指すのか」という明確な目的とビジョンを策定し、全社員に繰り返し発信することが不可欠である。このビジョンへの共感が、社員の当事者意識を醸成し、組織全体の推進力を生み出す。
社員を巻き込んだ合意形成
全社員の働き方にかかわる変革は、トップダウンだけで進めるべきではない。計画の初期段階から、アンケートやワークショップを通じて現場の社員を巻き込み、意見を広く収集することが欠かせない。現場の実情やニーズを反映させることで、より実効性の高い制度設計が可能となる。また、社員がプロセスに参加することで当事者意識が生まれるため円滑な実施が期待できる。
コミュニケーションの担保
リモートワークやハイブリッドワークでは対面の機会が減少し、社員の孤立や情報格差が懸念される。これを防ぐため、コミュニケーションを意図的に設計することが不可欠だ。
チャットツールやウェブ会議システムの活用はもちろん、定期的な1on1ミーティングや雑談を促す仕組みを構築し、いつでも相談できる環境を整える必要がある。
ワークスタイル変革時に起きがちな失敗例と回避策
ワークスタイル変革は、組織の運営に大きな変化を及ぼし、社員の勤務形態や生活にもさまざまな影響を与えるため、以下の点に注意して失敗を回避したい。
目的が「コスト削減」だけになり従業員の不満が増大する
変革の目的がオフィスの賃料削減といったコストカットに偏ると、社員の働きやすさが軽視されがちになる。
フリーアドレスを導入したものの座席が不足する、在宅勤務に対するサポートが不十分などの状況は、社員の不満を招き、モチベーションの低下に直結する。
これを避けるには、変革の主目的を「生産性向上」や「社員のウェルビーイング向上」に設定することが重要だ。コスト削減はあくまで副次的な結果と捉え、計画段階から社員の意見を反映させるべきである。
コミュニケーション不足で、生産性や帰属意識が低下する
多くの企業が課題として挙げているのが、リモートワークやハイブリッドワークの導入で対面の機会が減り、意図せずコミュニケーションが希薄化することだ。
情報共有の遅れや相談のしにくさは業務の生産性を低下させる。また偶発的な雑談がなくなることで、社員が孤立感を深め、組織への帰属意識が薄れるリスクもある。
これを回避するには、チャットツールの活用ルール策定や定期的なウェブ会議の実施など、コミュニケーションを自然に任せず計画的に実行できるような設計と、機会・質を担保する仕組みが不可欠だ。
評価制度が更新されず不公平感が生じる
働き方が多様化したにもかかわらず、人事評価制度が旧態依然のままだと、社員間に不公平感が生まれる。特にオフィスでの勤務時間や態度を中心に評価が行われてきた組織では、リモートワークの社員は「成果を正当に評価されないのではないか」と不安を抱きがちになる。
これを防ぐには、業務プロセスの可視化と明確な基準に基づいた公正な評価体制の構築を行うことで、勤務場所にかかわらず成果を客観的に評価する制度への見直しが必須である。
ITツールの導入だけで、働き方が変わらない
ワークスタイル変革のために最新のITツールを導入するだけでは、社員がその価値を理解せず使いこなせない可能性がある。その結果、従来の非効率な業務プロセスが温存され投資対効果が得られないということにもなってしまう。
この失敗を避けるには、ツール導入の目的を明確に伝え、利用方法に関する十分なトレーニングを実施することが重要だ。なぜ変える必要があるのかという意識改革とセットで進めることで、初めてツールは定着し、効果を発揮する。
特にはじめてワークスタイル改革に取り組む企業では、思わぬ失敗が起こる可能性もゼロではない。さまざまな企業の働き方(ワークスタイル)と最適なオフィス戦略に精通した専門家のアドバイスを受けるのも、失敗を回避する非常に有効な方法だ。
ワークスタイル変革の成功事例
オフィス環境を整備し、ワークスタイル改革を成功させた企業の成功事例を紹介する。
エイコー - 東京本社オフィス移転事例
IT機器の導入支援など、オフィス環境に関する多種多様なソリューションを提供しているエイコーは、創業50年を迎えた2022年に東京本社オフィスを移転した。「Fo-me」と命名された新オフィスは、同社が理想とする8つのワークスタイルを実践するためのフリーアドレス型オフィスを選択。
オフィスで快適に過ごせるためのAV・ICTデバイス・ツールも積極的に導入し、「どこでも同じ環境で仕事ができる」「オフィスならではの対面コミュニケーションが取れている」といったワークスタイルの目標をクリアしている。
リンクアンドモチベーション - 東京本社オフィス移転事例
経営学や行動経済学などを取り入れた基幹技術「モチベーションエンジニアリング」で組織課題の解決や社員の成長支援など各種コンサルティングサービスを提供するリンクアンドモチベーションは、2021年に東京本社機能をオフィス面積1,900坪弱から530坪程へと大幅な縮小移転を行った。
同社の推進するワークスタイル「Compatible Work」を実現すべく、リモートと出社のハイブリッドワークに適したフリーアドレス席を採用。具体的な行動例をマニュアル化することで「労働生産性の向上」と「従業員エンゲージメントの向上」を両立した。
ワークスタイル変革のご相談はJLLへ
少子高齢化や価値観の多様化を背景に、ワークスタイル変革は企業の競争力を左右する重要な経営課題となっている。変革を成功させるには、本稿で解説した現状分析から効果測定までの計画的なステップと、社員を巻き込んだ推進体制が不可欠である。
JLLは、国内外の豊富な支援実績とグローバルな知見に基づき、企業のワークスタイル変革を支援する。データに基づく客観的な現状分析から、企業の課題に合わせた戦略立案、オフィス環境の構築、そして変革を組織に浸透させるチェンジマネジメントまで、専門家がワンストップで伴走するのでぜひご相談いただきたい。